コラム:ロシア侵攻で世界「最適生産」終焉、日本に資源高の負担増

田巻一彦
[東京 10日 ロイター] - ロシアのウクライナ侵攻を受け、主要7カ国(G7)をはじめ西側諸国は対ロシア制裁を一段と強化しようとしている。制裁が長期化すればロシアから調達してきたパラジウムやニッケルなどの希少金属が輸入できず、半導体やバッテリーの生産に支障を来たし、自動車をはじめとする製造業の大きな生産下押し要因となる。
米ソの冷戦終了後、世界経済は最もコストが安くなるようにモノを造る「最適生産」に全力を挙げてきたが、どうやら過去の話になりそうだ。今後はコストよりも「安全」が重視され、世界的な価格上昇が続くと筆者予想する。この構造変化は資源を輸入する日本にとって、競争力が致命的に低下しかねない重大事と言える。中長期的には、値上げしても売れる高付加価値製品を多くの分野で生産できるようにする企業の構造転換が不可欠だ。
<グローバル経済の「分断」が固定化>
プーチン・ロシア大統領が命じたウクライナへの軍事侵攻は、「力による現状変更を認めない」という21世紀の国際社会のルールを明白に破ってしまった。かつて日本が中国大陸やインドシナ半島に軍事侵攻した際に受けた「ABCD包囲網」に匹敵する経済的圧力をロシアは受けている。ウクライナ危機がこの先収束しても、西側諸国の対ロ制裁は弱まるどころか強化され、グローバル経済の「分断」は固定化される危険性が高まる。
自動車に欠かせない排ガス処理の触媒に使用するパラジウムは、約4割がロシアで生産されている。ロシアからの輸入が止まれば、自動車生産に影響が出たり、パラジウムの価格が高騰して製品値上げにつながるケースも想定できる。
半導体の生産に使用するネオンは、ウクライナが世界生産の7割を占めるが、ロシアによる侵攻を受けて出荷が停止しているもようだ。いずれ世界的な半導体生産の減少につながり、自動車やその他の最終製品減産という結果を生み出すだろう。
米欧日の自動車メーカーは、ロシアでの生産や対ロ輸出を相次いで停止しているが、各社ともこの事態は今年1月時点でどこも想定していなかったはずだ。
米ソ冷戦の終了以降、西側諸国の企業は世界中にネットワークを張り巡らし、最も安い所から原料を調達し、最も労働コストの安い国で生産し、消費地に輸出してきた。「最適生産」のシステムは富の膨張を生み出したが、ロシアのウクライナ侵攻でこの構造は崩壊を始めたと言えるのではないか。
経済的にコストを最小化できるサプライチェーン(供給網)を構築してみても、軍事力の行使で通常の取引ができなくなれば、結果的に「高くつく」という現実に気付かされる。コストよりも安全を重視した方が、最終的に損失を最小化できるという考え方が、これから世界的に広がる可能性が高まったと筆者は予想する。
<資源輸入国・日本の痛手>
各国が一律に受ける新たな費用のようにみえるが、資源高が表面化する中では、資源国が圧倒的に有利になり、非資源国は相対的に不利な地位におとしめられるだろう。これは資源輸入国である日本にとって、極めて重大でかつ「痛い」構造変化だ。
前兆はすでに経済統計に出てきている。財務省が8日に発表した1月の国際収支統計で、経常収支が1兆1887億円の赤字となった。赤字の規模は、2014年1月に次ぐ過去2番目の大きさだった。原油の輸入額が前年同月比84.6%増となるなど輸入が急増。所得収支の黒字で賄い切れなかった。
エコノミストの中には、貿易収支が赤字に転落しても、経常収支が黒字であれば巨額の財政赤字が存在しても市場から攻撃されることはないと指摘する声が少なくなかったが、経常赤字が常態化してくると楽観論も力を失うことになるだろう。
今起きている世界的な変化は、米国などの資源大国や原油の純輸出国には有利で、日本のような資源輸入国には大きなマイナスになるということを真剣に受け止めるべきだ。
<プーチン氏が開けたパンドラの箱>
これは、ミクロベースでも同様だ。2022年度の日本企業の業績には、エネルギー価格に代表される資源高によるコスト増が重くのしかかってくる。しかし、製品値上げに慎重な企業の前途は暗いのではないか。企業分析を専門とするアナリストからもコスト増が長期化するようなら、業績見通しをかなり下押ししかねないという懸念の声も出始めているようだ。
10日に発表された2021年10─12月期の国内総生産(GDP)の2次速報値は、前期比プラス1.1%だった。同時に発表された国内総所得(GⅮI)は同0.5%にとどまった。この差は交易条件の悪化を反映しており、端的に言えば交易条件の悪化により「働けどわが暮らし楽にならず」という形になっていることを示している。
これまで指摘したように、ロシア侵攻が引いたトリガーによって世界の分断が始まったため、非資源国である日本は交易条件の悪化が加速され、一段と豊かさが実感できるなる可能性が高まってくると指摘したい。
この下降トレンドから脱却する方法がある。それは「値上げできる」製品やサービスを各方面で開発することだ。日本企業が得意とする同じスペックで数パーセント安いという「商法」を捨て、高くても売れる商品の開発と販売に経営資源を投入する戦略転換が欠かせない。値上げを通告したある家庭用品メーカーが、スーパーから商品の取り扱いを拒否されたが、消費者からのクレームで納品できたというケースも最近あったと聞く。
プーチン氏が開けたパンドラの箱によって、国際的なパワーゲームのあり方から、スーパーの商品の値付けまで大きな変革の力が解き放たれようとしている。
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