コラム:米経済に広がるワクチン普及の効果、昨年の米ドル安再現なさそう=尾河真樹氏

コラム:米経済に広がるワクチン普及の効果、昨年の米ドル安再現なさそう=尾河真樹氏
 4月13日、4月に入り、米長期金利の上昇にいったんブレーキがかかり、3月末に一時111円付近まで上昇したドル/円も109円台まで下落した。背景には米連邦準備理事会(FRB)による、「強力な緩和維持」の姿勢が挙げられよう。尾河真樹氏のコラム。写真は3月16日撮影(2021年 ロイター/Dado Ruvic)
尾河真樹 ソニーフィナンシャルホールディングス 執行役員兼金融市場調査部長
[東京 13日] - 4月に入り、米長期金利の上昇にいったんブレーキがかかり、3月末に一時111円付近まで上昇したドル/円も109円台まで下落した。背景には米連邦準備理事会(FRB)による、「強力な緩和維持」の姿勢が挙げられよう。
3月の米雇用統計は、非農業部門雇用者数が前月比91万6000人増と、市場予想(64万7000人増)を大幅に上回る伸びを示す好結果となった。それでもパウエルFRB議長は8日、「現在の回復は不均衡で不完全なまま」と述べ、現行の緩和策を維持する姿勢を崩さなかった。クラリダFRB副議長も9日、「金融政策を調整する前に、FRBは物価の安定と最大限の雇用確保という目標に達しているかどうか具体的な数字を見極める」との見解を示した。
これらを受けて、足元はいったん長期金利の低下とドル安が進行し、その一方で米株価は上昇するなど、昨年顕著にみられたような「長期金利低下・米ドル安・米株高」の市場が戻ったかのような動きがみられた。
<米経済、V字回復の可能性鮮明に>
振り返れば2021年初めから3月20日頃までは、日米の実質金利差とドル/円の相関係数は0.87と極めて高かった。しかし、その後、日米実質金利差のマイナス幅の縮小傾向に歯止めがかかった一方で、ドル/円は上昇し続けるなど、かい離がみられるようになった。
3月20日前後というと、ちょうどシカゴ通貨先物市場IMMの投機筋の円ポジションが、ネットで円買いから円売りに転換した頃だ。米10年債利回りが1.75%をつけ、ドル円が200週移動平均線を上抜けた時期とも重なる。
おそらく短期投機筋はこれらの材料をにらみながら、ドル買いを加速させていた可能性が高く、この動きがややオーバーシュートだったとすれば、いったんポジション調整があってもおかしくはない。先述の相関性から算出すると、ドル/円は実質金利差からみれば108円台半ば付近が適正水準といえるため、同水準は目先の下落メドとして視野に入ろう。
ただ、果たして金融市場が昨年のような米ドル安の環境に戻るかといえば、筆者はそうはみていない。昨年とは市場環境が明らかに異なるからだ。最も大きな違いは、米国で新型コロナウイルスのワクチン普及が進んでいること、またそれにより、米国経済のV字回復がより鮮明になったことだ。
オックスフォード大学がまとめている調査データ「Our World in Data (データが示す私たちの世界)」で、ワクチンの普及状況をみてみよう。
最低1回はワクチンを接種した国民の割合をみると、先進国では英国が最も高く、4月10日時点で47.1%。ほぼ国民の半分は、最低1回はワクチンを接種していることになる。これとともに英国では新規感染者数も急速に低下し、ワクチンによる効果が現れている。
報道によれば英保険当局も、米ファイザー製ワクチンの初回接種で医療従事者らのコロナ感染が約70%減少、また、高齢者の入院や死亡も75%強低減したなどの分析結果を公表している。 こうしたなか、ワクチンの普及を急ぐ米国では、最低1回の接種率が35%まで急速に進んだ。バイデン大統領も「就任100日後の4月末までに、米国内で2億回の接種を目指す」と表明した。これに対し、ユーロ圏では、フランスが15.5%、ドイツが15.1%、イタリアが14.8%と遅れ気味だ。日本は、といえば0.9%と圧倒的に遅れている。
一方、これらの国々の名目実効為替レートの年初来騰落率を見てみると、その強弱感はまさにワクチンの動向に連動している。年初来ポンドは3.8%上昇、米ドルが2.1%上昇、ユーロが0.9%の下落、円は4.2%の下落だ。<まだ見えない緩和への出口戦略>
ちなみに、英国は、昨年の欧州連合(EU)離脱を巡るドタバタ劇で、いったん大きくポンドが売られる局面があったため、その反動もあってか、足元は堅調地合いを維持している。
しかし、ワクチン政策ではEU離脱のメリットを享受しているように見えても、EU向けの輸出の減少など、離脱によるマイナス面もある。1月の英国のEU向け輸出は前年比41%減、特に離脱によって規制が強化された魚介類などは同83%減となっている。これらの影響もあり、英中銀(BOE)は依然、緩和からの出口戦略については慎重姿勢だ。
一方、欧州中銀(ECB)に至っては、3月11日の理事会で、今後3カ月間の資産購入をこれまでより「かなり速いペースで実施する」ことを決めた。コロナにより経済の先行き不透明感が残るうえ、米国にけん引される形で、ドイツ国債の利回りにも上昇圧力がかかり、これを抑えるのが目的だ。結果としてユーロは対ドルで下落。ユーロ/円は円安圧力によって横ばいとなっている。  他方、日銀は3月19日の金融政策決定会合で、「点検」の結果、金融緩和による副作用を軽減する措置が取られた。特に興味深いのは「貸出促進付利制度」の導入で、今後もしマイナス金利を深掘りした場合は、銀行の融資実績に応じて、日銀の当座預金から銀行が受け取る利息が増える仕組みとなっている。つまり、銀行にインセンティブを与えることによって、追加利下げを実施しやすくなったと言える。
実際に民間銀行が企業にマイナス金利で融資できるのか、など実務面での問題も残る。ただ、これまでは「銀行収益への副作用が大きく、むしろ円高リスクもあるためマイナス金利の深掘りは不可能」とみられていたのに対し、実際に実施するかどうかは別として、今回追加利下げの手段を得たことによって、今後は極端な円高にはなり難くなったと言えるだろう。
<テーパリングへの刷り込み必要に>
総じてみれば、これら先進国の中で、緩和からの出口に到達するのは米国が最も早いはずである。2020年の世界景気後退はパンデミック(世界的な感染大流行)によって人為的に経済活動を止めたためであり、人々の活動が再び始まれば、経済は元に戻る。ワクチン普及と景気回復期待、金融政策の見通しが絡み合い、それがこうした通貨の強弱感に現れているのだ。したがって、足元でドル/円が軟化したとしても、中長期の上昇トレンドは変わらないだろう。
ただ、そうした見通しには落とし穴もある。いくらパウエル議長が「インフレが加速したとしても一時的だ」と述べたところで、大事なのは金融市場がどう受け止めるかだ。経済指標が好転したなかで、米バイデン政権のバラマキ政策やFRBの強力な金融緩和が続いた場合、市場参加者がインフレリスクを織り込みはじめれば、米長期金利が再び急騰するリスクもある。
筆者はFRBが来年1-3月にもテーパリングを開始すると予想しているが、もしそうであれば、今年の半ばから後半には、テーパリングの方向を市場に刷り込む対応が必要になってくるだろう。足元でパウエル議長があまりにも「緩和維持姿勢」を強調しているのは、後々の出口戦略へのコミュニケーションを難しくしているようで、気がかりな面もある。
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*尾河眞樹氏は、ソニーフィナンシャルホールディングスの執行役員兼金融市場調査部長。米系金融機関の為替ディーラーを経て、ソニーの財務部にて為替ヘッジと市場調査に従事。その後シティバンク銀行(現SMBC信託銀行)で個人金融部門の投資調査企画部長として、金融市場の調査・分析、および個人投資家向け情報提供を担当。著書に「本当にわかる為替相場」「為替がわかればビジネスが変わる」「富裕層に学ぶ外貨投資術」などがある。
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編集:北松克朗

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