アングル:パウエルFRB議長講演、なぜ株だけ大きく反応したか

アングル:パウエルFRB議長講演、なぜ株だけ大きく反応したか
 米ワイオミング州ジャクソンホールで開かれたジャクソンホール会合におけるFRBのパウエル議長(中央)講演を金融市場はタカ派的と受け止めたが、株式・為替・債券の反応は一様ではなかった。8月26日、会合の会場で撮影(2022年 ロイター/Jim Urquhart)
伊賀大記
[東京 29日 ロイター] - 米ワイオミング州ジャクソンホールで開かれた経済シンポジウム(ジャクソンホール会合)における米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長講演を金融市場はタカ派的と受け止めたが、株式・為替・債券の反応は一様ではなかった。債券やドルは比較的落ち着いた動きを示す一方、楽観度が強かった株式は将来の景気悪化懸念を織り込む形で大きく売り込まれた。
<短いが強烈>
パウエル議長の講演原稿は昨年の15枚から6枚に減り、講演時間は30分の予定に対し9分足らずで終わった。その短い話の中で、議長は株式市場が期待する来年の利下げを強くけん制。成長鈍化などの「痛み」を伴ったとしても、インフレが抑制されるまで「当面」金融引き締めが必要とし、景気よりも物価抑制が優先という見解をはっきり示した。
講演を受けて26日の米株市場では主要3指数が軒並み3%を超える下落。ダウは1000ドルを超える下げを記録した。S&Pは全11セクターが下落。ナスダック総合は、グロース株やハイテク株が売り込まれる中、約4%の急落となった。
一方、債券や為替は比較的落ち着いた動き。利上げ観測を反映しやすい2年債利回りが上昇したものの、10年債利回りは小幅な上昇、30年債利回りは低下した。ドル/円は7月22日以来の高値を上回ったが、ドル指数は小幅な上昇にとどまり一時下落する場面もあった。
各金融市場が、同じ材料に対し、異なる反応をみせることは珍しいことではないが、パウエル講演がタカ派的との受け止めは、どの市場でもほぼ同じ。ここまで反応が異なったのには、「いわゆるポジションと、先行き見通しの影響の及ぼし方の違いがある」(三井住友銀行のチーフ・マーケット・エコノミスト、森谷亨氏)という。
<相殺と相乗>
米長期金利が上昇しなかったのは、2つの力が相殺されたためだ。利上げ継続観測による金利上昇圧力が高まる半面で、金融引き締めによる将来的な景気悪化懸念の金利低下圧力が上昇。米国債の予想変動率を示すMOVE指数は低下した。為替市場でドルがあまり動かなかったのは、米金利が小幅な動きにおさまったことが要因だ。
しかし、株式市場では、利上げ観測と景気悪化懸念はダブルでネガティブ要因となる。長めの金利は上昇しなかったが、利上げ継続観測は株価収益率(PER)を低下させ、景気悪化懸念は企業の1株当たり利益(EPS)見通しを押し下げる。
株価は、インフレピークアウト期待と、来年の利下げ期待を織り込む形で7月半ばから反騰を開始。8月12日にS&P500は1月高値から6月安値までの半値戻しを達成していた。米金利やドルも、その間上昇していたが、「株式市場は楽観度が強かった」(外資系投信)という。
S&P500オプション価格をベースに算出され、投資家の不安心理の度合いを表す「恐怖指数」ことボラティリティー・インデックス(VIX)は6月半ばをピークに低下傾向をたどり、8月12日にかけて市場の楽観を示す20を割り込んでいた。26日は大きく上昇し、25.56と終値としては6週間ぶりの高水準となった。
<株は下がり続けるか>
7月の米個人消費支出(PCE)価格指数は、前年同月比6.3%上昇と、前月の6.8%から伸びが鈍化。7月の米消費者物価指数(CPI)も同8.5%上昇と、約40年ぶりの伸びとなった6月の9.1%から鈍化している。
しかし、パウエル議長は、最近の米インフレ指標鈍化について、「単月の改善はインフレが低下していると確信するにはほど遠い」と指摘。他の指標は労働市場における「堅調な基調的な勢い」を示しているほか、求人数が失業者数をはるかに上回っており、雇用市場の「バランスは明らかに崩れている」という認識を示した。
議長は、9月の米連邦公開市場員会(FOMC)での利上げ幅について「入手されるデータ全体と見通しの動向次第」と述べ、明確な手掛かりは示さなかったものの、市場では「インフレ率が2%に近づくまで金融引き締めは終わらない。株などリスク資産には厳しい環境が続く」(パインブリッジ・インベストメンツの債券運用部長、松川忠氏)との見方が強まっている。
6月から毎月475億ドルで始まった量的引き締め(QT)は、9月から950億ドルにペースが倍増される。「金利修正PERなどでみると、米株に割高感は乏しく、バブル圏にあるとは言い難い。しかし、QTを進めることで株価の上昇は抑えられそうだ」と、グローバルマーケットエコノミストの鈴木敏之氏はみる。
パウエル議長は講演で、1980年代に、金利から通貨供給量にターゲットを変えてインフレと戦ったボルカー元FRB議長に言及。「歴史が示すように、インフレ抑制のための雇用コストは、高インフレが賃金や物価の設定に定着するにつれて、遅れれば遅れるほど増大する可能性が高い」と指摘。「我々の仕事が完了するまでやり続けなくてはならない」と話している。
(伊賀大記 編集:久保信博)

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