焦点:「とりあえずビール」崩せるか、クラフトの前にデフレ心理の壁

焦点:「とりあえずビール」崩せるか、クラフトの前にデフレ心理の壁
 6月25日、米国で市民権を得たクラフトビールが、日本でも存在感を増している。写真は2017年8月、都内で撮影(2019年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)
[東京 25日 ロイター] - 米国で市民権を得たクラフトビールが、日本でも存在感を増している。ビール類市場が14年連続で縮小する中で、販売量は過去4年間で70%増加。大手ビール会社も取り扱い店舗を急増させている。個性のあるクラフトビールは、画一的な国内ビール市場の象徴とも言える「とりあえずビール」の注文パターンを切り崩せるのか。ボリュームゾーンの中高年世代には安く酔いたいというデフレ心理もあり、米国並みシェアの確保には乗り越えるべき壁も多い。
<脱・画一性の挑戦>
「とりあえずサワー、とりあえず日本酒という注文の仕方はない中で、ビールだけは『とりあえずビール』で通じてきた。とりあえずではないビール選びができる市場にしたい」──。こう話すのは、キリンビール企画部の山田精二部長だ。
日本で一般的に飲まれているビールは「ピルスナー」と呼ばれるタイプで、キレのある苦味と爽快感のある喉ごしが特徴となっている。キリンなど大手4社が外食店に卸しているビールもほとんどがピルスナーで、これが銘柄を指定しない「とりあえずビール」の文化を育んできた。
ビールしかなかった時代はこれでも良かったが、現在はサワーやワインなどライバルが多くなっている。その中でビールが事実上1種類しかなければ、飽きられても当然だ。
ビール離れが顕著な若者からは「ピルスナー系のビールは何を飲んでも同じだから面白くない」との声も聞こえてくる。ビールの種類を選べないことも、市場が縮小する一因になっている可能性がある。
<若者は高級ビールにシフト>
総務省の家計調査によると、ビールへの支出はビール類が一時的に盛り返した2004年から18年までに約41%減少した。
ただ、ただ単に減っているわけではない。内訳をみると、購入数量が約47%減少した一方で、平均単価は約11%上昇している。これは、ビール離れは進んではいるものの、単価の高いプレミアムビールの比率が上がってきていることを示唆している。
この傾向が顕著に現れているのが若者だ。29歳以下のビールへの支出は約63%減少したが、平均単価は約14%上昇した。
18年の平均単価を年代別でみると、最も高かったのが30─39歳の572円で、29歳以下が569円で続く。
04年で一番高かったのは70歳以上の526円で、29歳以下は最も低く497円だった。ここから、若者は全世代の中でビールを最も飲まなくなったが、飲むときは高級ビールを楽しむようになった様子がうかがえる。
<クラフト拡大に大手も後押し>
キリンによると、14年に2.4万キロリットルだったクラフトビール市場は18年に4.2万キロリットルまで拡大した。今年は4.7万キロリットルまで成長する見通しだ。
市場拡大の背景には、2000年代前半に地ビールブーム失速の原因となった低品質のビールが淘汰されたことに加え、米国のクラフトビールブームや多様性を受け入れる社会になってきたことがある。
加えて大手メーカーが、後押ししていることも見逃せない。キリンはクラフトビール用サーバー「タップ・マルシェ」を全国7000の飲食店で展開。現在、このサーバーではキリン製品以外も含め20種類以上のクラフトビールが提供されており、市場拡大の原動力にもなっている。
クラフトビール大手・ヤッホーブルーイング(長野県軽井沢町)の井手直行社長は、キリンの対応について「クラフトビールメーカーは小規模なところが多く、販路に限界がある。素晴らしい取り組みだ」と歓迎する。
キリンの山田部長は、自社のサーバーを他社に開放した理由について「カテゴリーが育つことの方が大事だ」と話した。
<米国ほどの拡大は見込めず>
ビール市場に占めるクラフトビールの割合は、現在1%程度。今後、どこまで拡大するのか──。
サッポロビール・クラフト事業部の新井健司マネージャーは「家で飲む人を増やさないと市場は爆発的に広がらない。このままいけば1─2%ではないか」と予想。キリンの山田部長は「3%程度まではいきたい」と意気込むが、いずれの予想も米国の約13%には遠く及ばない。
米国では自家醸造が許されており、それがクラフトビールの成長を支えている。これに対して日本では自家醸造は原則禁止されており、米国に比べクラフトビールとの接点が少ない。
さらなる拡大の鍵を握る家飲み市場の前には、小規模事業者では難しいパッケージング設備の導入やコンビニエンスストアなど販路の壁、また中高年世代では「安く手軽に酔いたい」というデフレマインドも立ちはだかる。それは、缶チューハイなどRTD(Ready To Drink)市場で高アルコール化が進んでいることからも分かる。
ヤッホーブルーイングの井手社長は「2─3%は間違いなくいくが、税制や自家醸造の違いなどもあり、米国並みに成長する感覚はない」と語った。
大手が本格参入すればさらなるシェア拡大が見込めるが、「小さな醸造所が造る多様で個性的なビールがクラフトビールであり、大手がクラフトビールと名乗るのは反対だ」と主張する。
「過去をみれば、大手の競争は市場をめちゃくちゃにするだけ。価格競争、シェア争いで市場を荒らさないでほしい」。井手社長は語気を強めた。

志田義寧 編集:田巻一彦

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