コラム:米中貿易戦争の真相、ドル安は市場の「忖度」=池田雄之輔氏

コラム:米中貿易戦争の真相、ドル安は市場の「忖度」=池田雄之輔氏
本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。写真は筆者提供。
池田雄之輔 野村証券 チーフ為替ストラテジスト
[東京 23日] - 22日のニューヨーク時間から、市場は強烈なリスクオフの嵐に見舞われている。ドル円は105円の大台を割り込んだ。「米中貿易戦争」への深刻な警戒が台頭しているとの理解が一般的だろう。しかし、実態は異なるのではないか。
トランプ米大統領が22日に署名した「対中関税措置」の内容は、実は事前に懸念されていた線に比べ、主に以下の3つの点において大幅に穏当な内容だったのだ。
まず、関税規模については、600億ドルの輸入品に25%の課税となったため150億ドルに縮小した。事前には一部で「関税規模そのものが最大600億ドル」と警戒されていた。 
次に、課税開始までのスピードという観点では、「即日実施」ではなく15日間で対象品目を特定し、その後30日間のヒアリング期間を設けるため、45日の猶予および柔軟化の余地がある。中国からの対米直接投資に対する制限も打ち出されたが、これも60日間の猶予期間を設けた。
最後に、手続きの面では、米国製品の中国での参入障壁に対しては、世界貿易機関(WTO)の紛争解決システムを活用するとされており、国際ルールを尊重する姿勢も示した。
今回の発表に先立って、北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉においても、米国側が「50%の原産地規則」を諦めたと報じられている。鉄鋼・アルミニウム輸入への課税措置も、当初の「例外なし」を大きく修正し、適用除外国を連発している。
トランプ政権の「保護主義政策」は、「貿易戦争もいとわない強硬策」ではなく、むしろ中間選挙に向けての演出、および他国との交渉材料としての戦術的側面が強いことが明らかになっているのだ。
<1ドル=100円割れのリスクは15%程度>
では、22日の米国株はなぜ前日比2.5%という急落を演じたのか。確かに、航空機や建設機械メーカーの株価の下落率が大きく、今回の「関税措置」が中国からの報復を招くリスクが意識されている側面もうかがえなくはない。しかし、銀行株など、貿易紛争とは縁遠いはずのセクターも含め、米国株は全面安の様相を示している点に注意が必要だ。
恐らく米連邦公開市場委員会(FOMC)での追加利上げをこなしたタイミングでもあり、米国株にはもとよりポジション調整が働きやすかったものと推察される。テクニカルな要素も多分にありそうで、S&P500指数の2700ドルは、1月26日から2月9日にかけて約12%急落したところからの半値戻し水準に相当していた。ここを明確に割り込んだことから「地合いの悪化」が強く意識された可能性がある。
為替市場では「米国の保護主義=ドル安」との反応ではなく、「リスクオフ=円全面高、対新興国通貨でのドル高」となっている。ドル円は、105円ギリギリまで低下していたところに「マクマスター安全保障担当補佐官を解任」との速報が重なり、大台を割り込んだ。
そもそもの問題として「なぜ米国の保護主義政策はドル安をもたらすのか」との疑問も湧いてくる。確かに、貿易赤字が成功裏に縮小するなら、むしろドル高になってもおかしくない。米国が為替介入や金融緩和によってドル安政策を遂行している事実もない。口先介入によるドル安誘導も、露骨なものはほとんどみられない。
問題は市場の「忖度(そんたく)」である。トランプ政権が保護主義政策による貿易赤字削減を掲げると、市場は「ドル安を望んでいるはずだ」と政権の意向を、勝手に忖度してしまうのだ。理屈だけでは説明できない、為替市場ならではの集団心理と言えるかもしれない。
もちろん、米国の関税措置が広範囲に及べば、輸入物価の上昇を通じた悪性のインフレを招きかねず、将来の通貨安の種となり得る。しかし、それほどの関税規模にはならない可能性がむしろ高まっている。
ここからの相場をどうみるか。トランプ政権人事にはもはやサプライズの要素は小さく、通商政策の保護主義化も当初想定より穏健である。株価下落にもテクニカルな色彩が強い。「ファンダメンタルズは悪化していない」との考え方には正当性があろう。
ただし、米国株およびドル円が節目を割り込んだことにより、短期的な地合いの悪さは否定し難い。筆者も、「保護主義姿勢を印象付けたこと自体によってドルへの信認が傷ついた」との見方から3月末、6月末、12月末のドル円予測値をそれぞれ105円、108円、110円に引き下げている。
中長期的にはドルの押し目買いの好機と捉えつつも、目先は米国株の持ち直しを確認するまでは様子見が賢明だろう。100円割れのリスクは15%程度と見積もっている。
*池田雄之輔氏は、野村証券チーフ為替ストラテジスト。1995年東京大学卒、同年野村総合研究所入社。一貫して日本経済・通貨分析を担当し、2011年より現職。「野村円需給インデックス」を用いた、円相場の新しい予測手法を切り拓いている。5年間のロンドン駐在で築いた海外ヘッジファンドとの豊富なネットワークも武器。著書に「円安シナリオの落とし穴」(日本経済新聞出版社)。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here
(編集:麻生祐司)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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