コラム:日米摩擦と円高あおる米中対立の軟着陸シナリオ

コラム:日米摩擦と円高あおる米中対立の軟着陸シナリオ
 4月18日、ネクスト経済研究所の斉藤洋二代表は、米中貿易摩擦の沈静化がリスクオンの円安をもたらすとの先入観は危険であり、実際には日米貿易摩擦と円高を招く可能性があると指摘。写真は左から米ドル、日本円、中国人民元。北京で2016年1月撮影(2018年 ロイター/Jason Lee)
斉藤洋二 ネクスト経済研究所代表
[東京 18日] - 最近の金融市場は「米中貿易戦争」をにらみつつ日替わりメニューのように強気と弱気が交錯し、ドル円相場も106―107円台を中心に一進一退を繰り返している。
その背景には、新年度に入って欧米向け合併・買収(M&A)見合いの投資玉など一部本邦企業による活発な円売りが続いていることもありそうだ。それが、年初来の円高地合いを押しとどめる要因の1つになっているのだろう。
では、今後の円相場の鍵を握る材料は何か。安倍政権の不安定化やシリア・北朝鮮などの地政学問題もあるが、やはり米中貿易摩擦こそが相場の方向を決定付ける最大の材料ではないだろうか。
トランプ米政権が仕掛けている日米通商問題にしても、その着地点は十中八九、米中関係次第と言っていいだろう。つまり、中国との対立がヒートアップし続ける限り、トランプ政権は同盟国である日本との緊張関係を極力避けようとするだろうが、和解に向かうならば、遠慮なく日本をたたくかもしれない。
また、米中関係が膠着(こうちゃく)状態ともなれば、今秋の米中間選挙前に手っ取り早く成果を得ようと、与(くみ)しやすい日本に対し高圧的に出る可能性も否めない。
それは、円安や日銀緩和に対する露骨な批判という形で、日本の経済政策の手足を縛る可能性もある。ついては、円相場と日本経済の行方を大きく左右しかねない米中貿易摩擦の今後に関して考察したい。
<トランプ政権は対中強硬派と保護主義者だらけに>
周知の通り、自国優先を振りかざすトランプ政権は、ここにきて中間選挙を強く意識してか、シリア攻撃の成果や対北朝鮮交渉進展のアピールに躍起になる一方、「中国製品に最大45%の関税をかける」との2016年大統領選での公約を蒸し返している。
「アメリカ・ファースト(米国第一)」を支えるトランプ政権の陣容も内政、外交、経済の各分野において一新された。トランプ政権の理念的支柱と言われたバノン氏が昨夏、大統領首席戦略官・上級顧問の職を辞し、ホワイトハウスを去ると、政権内の人事が流動化。高官辞任や解任のうわさが飛び交い、実際、ここ数カ月で、その多くが現実のものとなった。
経済政策の司令塔である国家経済会議(NEC)委員長には、親ビジネス派と言われたコーン氏に代わって、中国の知的財産権侵害などを問題視していたカドロー氏が就任。国家安全保障担当の大統領補佐官には、トランプ大統領との不和が報じられていたマクマスター氏に代わって、保守強硬派のボルトン氏が就いた。
国務長官もティラーソン氏が解任され、後任には中央情報局(CIA)長官のポンペオ氏が指名された。政権内では、対中強硬派のナバロ通商製造政策局長やライトハイザー通商代表部(USTR)代表も存在感を増しており、保護主義者による鉄壁の布陣が出来上がったと言えよう。
実際、保護貿易政策面での行動も前のめりになってきた。3月後半には、鉄鋼・アルミニウムの関税を引き上げる輸入制限を発動したことに加えて、知的財産権侵害を根拠に中国を狙い撃ちする追加関税を発表。さらに中国がこれに応酬してきたため、トランプ大統領は1000憶ドルの追加関税を検討するよう新たにUSTRに指示した。
一部には、通商面での強硬姿勢はあくまで「中間選挙対策」だとの見方も根強いが、たとえそうだとしても、政権の布陣や行動を見る限り、貿易赤字削減に向けた米政権の本気度を疑う余地は乏しく、秋口以降にトーンダウンする保証はない。
そもそもトランプ大統領の「口撃」を受けている中国の経済は効率性・合理性から程遠く、石油、石炭、鉄鋼など基幹産業は「ゾンビ」と言われる国有企業が生き延びて「過剰生産」を続けている。しかも、国内経済の成長率が鈍化していることから、海外の消費めがけてドライブがかかるのも当然と言えよう。
こうした中、一帯一路構想は巨大なインフラ投資をもたらすことから国内で余剰となった鉄鋼やセメントなどの格好の受け皿となる。同時に米国へも大量の過剰生産物が流れては、トランプ大統領が言うところの「世界史上最大で制御不能」の対中貿易赤字をもたらし、ラストベルト(中西部の工業地帯)の労働者層を直撃している。
とはいえ、報復関税の応酬が進むと輸入財の価格が上昇し、国際貿易は縮小、ついに世界的な景気後退に至る。貿易戦争に勝者がいないことは歴史が証明している。
<中国の反面教師は日本、緩やかな元高を志向>
ただし、筆者は、過去の教訓が主に中国側によって生かされ、米中間では最悪の事態は避けられる可能性が高いのではないかとみている。
振り返れば、故鄧小平氏が改革開放へと舵を切ったのは今から40年前の1978年。それを機に、中国経済体制の変革が始まり、1990年代初頭以降、投資と輸出主導で高成長を達成してきた。
その後の状況は、1950―70年代の高度成長期を経た日本の姿とオーバーラップする。日本は1980年代以降、米国との間で深刻な貿易摩擦に直面。プラザ合意を経て急激な円高に見舞われ、日米構造協議などを通じ市場開放を迫られた。まさに現在の中国は、米国との通商関係において、同じ道のりを歩もうとしていると言えよう。
実際、1980年代にレーガン政権下のUSTR次席代表として対日交渉に携わったライトハイザー氏が、今回はUSTR代表として旗を振ることを見ても既視感にとらわれる。つまり、米中貿易摩擦は一過性の問題ではなく、今後時間をかけながら中国の市場開放、経済構造改革、人民元相場の大幅調整が図られていくのではないだろうか。
そうしたシナリオをたどる可能性は、中国側の陣容からもうかがえる。まず3月の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で国家副主席に選出され、中国の実質ナンバーツーとなった王岐山氏だ。王氏はリーマン・ショック時に国務院副総理としてポールソン米財務長官(当時)と連携して4兆元投資を実現した実力者として知られる。
もう1人の注目人物は、国務院副総理に昇格した劉鶴氏だ。報道によれば、米ハーバード大学ケネディ行政大学院で学んだ劉氏は習近平国家主席とは学生時代からの友人であり、共産党内で長年、経済ブレーンとして存在感を示してきたという。今後、この2人が中国の経済政策を主導することは明らかで、その対米交渉力に期待がかかる。
また、習主席自身、その本音は見えないものの、トランプ大統領への歩み寄りとも取れる発言をこのところ繰り返している。10日には海南省博鰲(ボアオ)で開催された国際経済会議「ボアオ・アジアフォーラム」で、自動車を含む一部製品の輸入関税を年内に引き下げる方針を表明。トランプ政権が問題視している知的財産権の侵害行為についても、法的抑止力を強化する考えを示した。
1980年代から90年代にかけてヒートアップした日米貿易摩擦の経緯を深く研究しているとされる中国は、日本で起きたバブル崩壊や円高不況と同じ轍(てつ)を踏まぬように内需を拡大しながら、緩やかな市場開放と人民元高へとソフトランディング(軟着陸)を目指す可能性が高い。経済構造改革の必要性は中国側も感じていることから、このタイミングで米国との決定的対立をわざわざ選択することはないだろう。とりわけ米中間選挙がある今年は、何らかのお土産をトランプ政権に渡すことで(中長期の対米黒字削減「めど」を提示するなどして)、のらりくらりと巧みにかわすのではないだろうか。
翻って日本は、中国、メキシコに次ぐ688億ドルの対米貿易黒字(2017年)を稼ぎながら、米中が対立しているがゆえに同盟国として「免罪符」を与えられていると錯覚しているように見受けられる。「中国は黒字削減を約束した。日本はどうするのだ」と問われた時、日米自由貿易協定(FTA)交渉を拒否し続けられるのか。アベノミクスが寄って立つ日銀緩和と円安政策がやり玉に挙がるシナリオも十分あり得るだろう。
実際、米財務省が13日に公表した半期為替報告書は、日本を引き続き監視対象国に指定し、日米貿易不均衡の大きさに改めて懸念を示した。しかも、円相場について、過去の報告書では実質実効レートでの割安のみに言及していたのに対して、今回は名目レートでも割安だと指摘した。
一部には、米中貿易摩擦の沈静化がリスクオンの円安に作用し、110円程度へドル円を押し上げるとの楽観的なシナリオも台頭しつつあるようだ。だが実際には、沈静化がもたらすものは、日米貿易摩擦と円高なのではないだろうか。
*斉藤洋二氏は、ネクスト経済研究所代表。1974年、一橋大学経済学部卒業後、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。為替業務に従事。88年、日本生命保険に入社し、為替・債券・株式など国内・国際投資を担当、フランス現地法人社長に。対外的には、公益財団法人国際金融情報センターで経済調査・ODA業務に従事し、財務省関税・外国為替等審議会委員を歴任。2011年10月より現職。近著に「日本経済の非合理な予測 学者の予想はなぜ外れるのか」(ATパブリケーション刊)。
*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。
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