オピニオン:円高は東京発、ドル100円割れの現実味=チャンドラー氏

マーク・チャンドラー ブラウン・ブラザーズ・ハリマン 通貨戦略最高責任者
[東京 16日] - ドル円相場が円高方向に進んでいるのは、日本の投資家が国外から資金を引き揚げるなどした際の円買いのほか、日本の政府当局者が円高を容認するシグナルを発していることが主要因であり、4月中旬にかけて、1ドル=100円を試す展開もあり得ると、ブラウン・ブラザーズ・ハリマンの通貨戦略最高責任者、マーク・チャンドラー氏は語る。
トランプ政権からは、今後も保護主義政策が打ち出される見通しで、同盟国でもある資本主義国から譲歩を引き出すために利用される可能性があると指摘。米国の信頼が長期的に損なわれることを懸念する。
同氏の見解は以下の通り。
<森友問題で「弱い円」推奨派の弱体化も>
私は長年、金利差で為替相場が動くというモデルを重視してきたが、そのモデルは最近機能していない。株価が高騰すれば円が弱くなる、というモデルも機能していない。なぜか。
振り返れば、1ドル=76円から120円台にまでドルが上昇した主要因は、黒田日銀の金融緩和政策と、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)による海外投資だった。だが昨年以降、GPIFや他の年金基金は、海外投資の際に為替変動リスクを避けるため為替ヘッジをかけるようになったと私はみている。これにより、円相場は、マクロ経済のファンダメンタルズや、株価、金利差などと連動しなくなった。
今年は、さらに別の要因が出てきている。トランプ米大統領の強硬な通商政策と、日本の巨大な経常収支黒字、そして割安過ぎる円─―。経済協力開発機構(OECD)算出の購買力平価に対し、円はいまだ8.7%割安だ(3月13日時点)。
日本政府当局者は、これらの事実を踏まえ、強い円を受け入れる意思を持ったと私はみている。市場ではみながそのシグナルを受け止め、その結果、円が強くなった。それでも日本の当局者から目立った反発は出ていない。予測が難しい米政権を敵に回さないよう、慎重になっているようだ。
心理的に言って、1ドル=105円の節目は重要だ。それを突破し、継続的に下回る状態が続けば、100円が次の節目となるだろう。
私は、日本企業の会計年度末の円買いなどを背景に、3月後半に1ドル=105円を下回り、4月中旬にかけて100円を試す展開は十分あり得ると思う。もし1ドルが100円を下回れば、日本政府や企業関係者から、マクロ経済面や企業収益面での影響を懸念する声が出るだろう。
折しも、森友文書問題が再燃している。私の感触では、もし麻生太郎財務相が辞任に追い込まれれば、円にとって上昇要因との受け止めが広がるだろう。麻生氏は、弱い円を誘導する金融政策の支持者とみられているからだ。また、黒田東彦日銀総裁の後ろ盾とも考えられている。
麻生氏が辞任するようなことになれば、コーン氏(前米国家経済会議委員長)がトランプ政権を去ったことでナショナリストの保護主義勢力が強まり、親ビジネス色が弱まったように、「弱い円」推奨派の衰退と受け止められるだろう。
一方、シカゴ通貨先物市場で、円売り超過のポジションが積み上がっており、これらが巻き戻されればさらに円高が進むとの観測も出ている。マーケットポジションに着目することは大事で、実際に最近の円高はそうしたポジションの巻き戻しによって引き起こされた面もある。だが、ポジショニングは短期の相場ドライバーであり、中長期のそれではない。
とどのつまり、円の強さは、東京発のものだ。外国の投機筋やトランプ政権の政策ではなく、日本の投資家自身が、国外から資金を引き揚げるなどして円を買い、円の価値を上昇させている。
日本は経常収支の黒字が大きいため、日本の投資家が海外資産を購入するなどして相殺しなければ、円は上昇する。それが、今起きていることだ。資金は日本から流出するのではなく、流入している。円の上昇は主に、日本の投資家が、現在の金利差と為替ヘッジのコストによって形成されているインセンティブ構造に対応した結果だ。
 3月16日、ブラウン・ブラザーズ・ハリマンの通貨戦略最高責任者、マーク・チャンドラー氏は、ドル円相場は4月中旬にかけて100円を試す展開もあり得ると予想。写真はシンガポールで2017年6月撮影(2018年 ロイター/Thomas White)
<小さく約束し、大きく実行できるパウエルFRB>
2月に起きた米国株の暴落は、遅れていた調整が来たものだ。小さな調整で始まったものが、上場投資信託(ETF)などさまざまな金融商品の効果で増幅された。パウエル氏が米連邦準備理事会(FRB)の新議長に就任した直後だったため、1987年にグリーンスパン氏がFRB議長に就任して2カ月後にブラックマンデーが起きたこととの類似性を指摘する声もあったが、今回は単なる偶然だろう。
パウエル氏は、3月20―21日に開催される就任後最初の連邦公開市場委員会(FOMC)で、利上げを決定できるという恵まれた立場にある。欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁や、黒田日銀総裁と比べて、なんとタカ派な滑り出しだろうか。
FRBは昨年12月の時点で、2018年に3度の利上げを見込んでいることを明らかにしている。市場関係者の間では、実際には4度の利上げがあり得るかが関心を呼んでいる。確かに4度の利上げを行う合理的な理由があるかもしれないが、それを3月に決める必要はない。FRBの問題は、大きく約束し、実際には小さくしか実行できなかったことだ。それを解消するには、小さく約束し、大きく実行することだ。
パウエル氏は、就任後最初のFOMCで利上げを決めて「タフガイ」という印象を与えることができる。着実に利上げを実施していけば、誰もFRBの本気度を疑うことはない。フォワードガイダンスを使い、市場がコントロール不能になる事態を防ぐ必要はあるが、今の段階で約束し過ぎる必要はないのだ。
<日欧はトランプ関税から恐らく除外されない>
トランプ政権は、鉄鋼とアルミニウムの輸入制限を発表した。米通商代表部(USTR)は現在、米通商法301条に基づいて中国が米国の知的財産権と技術開発を侵害していないかを調査中で、今後もさらなる保護主義政策が打ち出されることだろう。
鉄鋼とアルミニウムの輸入制限で米国が主張したのは、国家安全保障には経済安全保障が含まれ、それには雇用の安定も含まれる、ということだ。今回の輸入制限が世界貿易機関(WTO)に合法と認められるには、幅広過ぎる理屈付けだろう。
最も大きな影響を受けるのは米国の同盟国だ。カナダとメキシコ、オーストラリアは除外されたが、日本と欧州は恐らく除外されないだろう。
トランプ政権は欧州に対し、輸入制限の除外を受けたければ、例えば北大西洋条約機構(NATO)加盟国は費用負担を増やせと要求するだろう。または、ドイツに対して経常収支の黒字削減を求めるだろう。譲歩を引き出すために、関税で脅しをかける構図だ。これは、危険なゲームだ。トランプ氏は、資本主義国間の競争に再び火をつけようとしている。
通貨政策については、トランプ氏は弱いドルを好む。だが、米国を含む主要7カ国(G7)は、2013年5月の財務相・中央銀行総裁会議で、金融政策を通じた通貨引き下げを回避する方針を確認している。また、米国では現在、政府債務が拡大する中でFRBの国債買い入れが縮小するなど、国債の供給に対して需要が陰りをみせている。そうした環境で通貨について語るのは得策ではない。さらに、前述のG7合意もあり、(通貨安を狙った)駆け引きの余地は限られていると思われる。
いずれにしても、ドルを貿易の武器として使うのは、非常にリスキーだ。失われた信頼の喪失は、長期的なダメージとなるだろう。
*本稿は、マーク・チャンドラー氏へのインタビューです。同氏の個人的見解に基づいて書かれています。
(聞き手:山口香子、麻生祐司)
*マーク・チャンドラー氏は、ブラウン・ブラザーズ・ハリマンのシニアバイスプレジデント兼通貨ストラテジー部門グローバル・ヘッド。HSBCバンクUSAとメロンバンクでチーフ通貨ストラテジストを務めたのち、2005年10月より現職。著書に「Making Sense of the Dollar」「Political Economy of Tomorrow」など。
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