焦点:米国の核合意破棄で想定されるイランの「報復シナリオ」

Babak Dehghanpisheh
[ベイルート 3日 ロイター] - トランプ米大統領は、8日にイラン核合意からの離脱について決断する。イランは2015年、米英仏露中の国連安全保障理事会常任理事国にドイツを加えた6カ国と核合意を結び、経済制裁の一部緩和と引き換えに核開発を制限することに同意した。
だが米国の脱退により、合意全体が崩壊する可能性がある。
そうなれば、イランは、米国やその同盟国の中東における利益を脅かすことにより、報復する可能性がある。
想定されるイランによる「報復」シナリオを検証した。
<イラク>
イスラム系過激派組織「イスラム国」が2014年にイラクの大半を手中に収めた時、イランは即座にイラク政府支援に動いた。以来、イランはイラクで何千人ものイスラム教シーア派民兵に武器を提供し、訓練を実施するなどして支えてきた。これら「人民動員隊(PMF)」は、重要な政治勢力となっている。
もしイラン核合意が崩壊すれば、イランが、イラクからの米国撤退を望むPMF勢力に向けて、米軍に対する口先、もしくは軍事的な攻撃を強めるよう促す可能性がある。
この場合、攻撃は特定のシーア派武装組織が直接関与しない、ロケット砲や迫撃砲、または道路脇に仕掛けられた爆弾といった方法で行われる可能性がある。これにより、イラクで米軍との直接衝突を避けるという立場を転換していないとイランが主張することができる。
<シリア>
イランや、同盟関係にあるレバノンのイスラム教シーア派組織「ヒズボラ」などの武装組織は、2012年に勃発したシリア内戦に参加している。イランは、シリア政府を強化するため、数千人のシーア派民兵に武器を与え、訓練している。イスラエルは、イランが少なくとも8万人のシーア派戦闘員を補充したとしている。
シリアへの関与により、イラン政府がイスラエルと直接対決する状況が初めて生じ、最近ではいくつか大規模な衝突が起きている。イスラエル政府関係者は、隣国シリアにイラン政府やヒズボラが恒久的に軍事的な足場を築く事態は絶対に許さないと語る。
もし核合意が崩壊すれば、シリアのシーア派武装組織がイスラエルに攻撃を仕掛けることをイランが押しとどめる理由はほとんどなくなる。
イランと、イランの支配下にあるシリア内勢力が、クルド人勢力支援のためシリア北部と東部に駐留している約2000人の米軍部隊に圧力をかける可能性もある。
イラン最高指導者の側近は4月、シリアとその同盟によって、米軍がシリア東部から追いやられることを望むと発言している。
<レバノン>
ヒズボラは2006年、イスラエルとの境界線付近で34日間交戦した。イスラエルと米国の政府関係者によると、イランは現在、ヒズボラに対し、精密誘導ミサイル製造工場の建設や、長距離ミサイルへの精密誘導システム装着などで支援を行っている。
ヒズボラがイランの同盟先であるシーア派武装勢力の多くを束ねているシリアにおいて、イスラエル部隊はたびたびヒズボラを攻撃している。イスラエルとイランによる言葉の応酬も、最近激しさを増している。
ヒズボラとイスラエルの双方が軍事衝突に関心はないとしているが、緊張の高まりがレバノン戦争の再発を引き起こす事態は容易に起こり得る。
ヒズボラは昨年、イスラエルがシリアやレバノンに戦争を仕掛ければ、イランやイラクなどから数千人の戦闘員が終結すると警告し、シーア派武装勢力がヒズボラ救援のためレバノンに駆け付ける可能性を示唆した。
5月3日、トランプ米大統領は、8日にイラン核合意からの離脱について決断する見通しだ。写真はウィーンのIAEA本部前ではためくイラン国旗。2016年1月撮影(2018年 ロイター/Leonhard Foeger)
ヒズボラはまた、レバノンにおける主要政治勢力の1つとなっておおり、6日行われた議会選の非公式開票結果によれば、ヒズボラと連携する政治勢力が過半数を超える議席を確保する見通しだ。現段階では、ヒズボラは西側政府が支持するハリリ首相ら政敵とも協力する姿勢を見せている。
だがもし核合意が崩壊すれば、イランがヒズボラに政敵を孤立させるよう圧力をかける可能性があり、そうなればレバノン情勢が不安定化すると専門家は懸念する。
「ヒズボラは、実質的にレバノンの政治を支配している。もしそうした(ヒズボラが首相らを孤立させる)事態になれば、純粋な嫌がらせになるだろう」と、ベイルートにあるアメリカン大学のHilal Khashan教授は言う。
<イエメン>
イランがこれまで、イエメンに対する直接の軍事介入を認めたことはない。だが米国やサウジアラビア政府の関係者は、イランはイエメンで活動する武装組織「フーシ派」にミサイルなどの武器を供与していると指摘。フーシ派は、イエメンに対する空爆の報復として、リヤドやサウジの原油関連施設に向けてミサイルを発射している。
イランとサウジは、中東地域で激しい勢力争いを繰り広げている。イラン核合意の支持派は、サウジとの対立が交戦に発展するリスクを、この合意が食い止めていると主張する。
もし合意が崩壊すれば、イランがフーシ派への支援を拡大することで、サウジやアラブ首長国連合などの湾岸同盟国から軍事的対抗措置を招く恐れがある。
「イランがフーシ派を支援する事態は想定外ではない」と、Khashan教授は話す。
<条約>
核開発を巡り、イランにはいくつか選択肢がある。
イラン政府関係者は、選択肢の1つとして、核兵器の拡散防止を目的とする核拡散防止条約(NPT)から完全に脱退することも検討していると述べている。
イランの最高指導者ハメネイ師は、核兵器開発に関心はないとしている。だがもしイランがNPTから脱退すれば、世界を警戒させることは間違いない。
「そうなればイランは孤立し、破滅的な方向に向かうだろう」と、米シンクタンク大西洋評議会のAli Alfoneh上級研究員は言う。
仮にイランがNPTから脱退しなくても、核爆弾の原料製造につながるとして核合意で厳しく制限されているウラン濃縮活動を活発化する可能性をイランは示唆している。現在の核合意では、イランは濃縮度を3.6%以下にとどめなければならない。
2015年の核合意の一環で、イランは20%の濃縮ウランの生産を止め、貯蔵していた濃縮ウランの大半を手放している。
濃度20%のウランは、民生用の原子炉燃料として必要な濃度である5%を大きく上回るが、核爆弾を作るのに必要な高濃縮ウランの濃度80─90%には届かない。
イランのサレヒ原子力庁長官は最近、イランは合意前よりも高濃度のウランを生産することが可能だと発言している。
イランによる対応は、米国による合意破棄について、他の合意署名国がどういった反応を示すかにも影響されると、アナリストは話す。
その上で焦点となるポイントは、国連安保理が全会一致で承認した国際的な約束事である核合意の下で自国企業がイランとの取引を続けることにフランスやドイツがどの程度強い姿勢を見せるか。シリアで手を組むロシアがどれほど外交的に支援するか。また、巨大経済圏構想「一帯一路」にイランをつなぎとめる意欲がどれだけ中国にあるか、だ。
仮にトランプ政権が、制裁を再開し、違反者を米金融システムから締め出すと脅せば、それが「踏み絵」となるだろう。他の核合意署名国の中では、最大のイラン産原油輸入国である中国だけが、無傷でいられるだろう。
(翻訳:山口香子、編集:下郡美紀)

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