コラム:「地雷原」を行く米利上げ路線=上野泰也氏

コラム:「地雷原」を行く米利上げ路線=上野泰也氏
本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。写真は筆者提供。
上野泰也 みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト
[東京 18日] - 米連邦準備理事会(FRB)は、物価上昇率の加速が見えてこないにもかかわらず、緩やかな利上げを来年にかけて継続する道筋を選択しようとしている。これは地雷原の上を歩くような、実に危うい賭けではないか。筆者はそう受け止めている。
食品とエネルギーを除くコア個人消費支出(PCE)価格指数は、8月分で前年同月比プラス1.3%まで鈍化した。消費者レベルの物価の大まかな方向感を示す同指数は、インフレ目標である2%とは反対方向へ淡々と動いてきている。それでも、年内の追加利上げを見送るべきだという主張は、米連邦公開市場委員会(FOMC)内で広がりを見せていない。
9月のFOMC終了後に公表された政策金利見通し(ドットチャート)で、年内の政策金利据え置きを示すドット(点)は、6月のFOMCと同じ4つにとどまった。
イエレンFRB議長は10月15日の講演で、「米経済の力強い拡大は緩やかな利上げを正当化すると引き続き見込んでいる」と述べ、FOMC内の多数派の意向に沿って利上げを続ける考えを示唆した。金利先物が12月利上げを7―8割ほど織り込んでいるという「市場のお膳立て」にそのまま乗る構えだとも言えそうである。
来年2月に任期が満了した後のFRB議長にトランプ大統領が誰を指名するかはまだ明らかになっていないが、イエレン議長再任もしくはパウエルFRB理事昇格の場合は、現在の金融政策運営方針が維持されるだろう。
ただ、賃金・物価の伸びの鈍さは一過性の要因だけによるものとは考えにくく、グローバルな経済構造の変化が相当寄与している可能性が高い。にもかかわらず、利上げ継続を正当化するロジックとして現在唱えられていることは、大きく分けて次の2つだと、筆者は整理している。
<なぜ危うい賭けなのか>
第1に、利上げを重ねてきたものの、市場では長期・超長期ゾーンの金利がむしろ低下し、ドル安が進んでいるので、金融環境は緩和してしまっている。従って、さらに利上げを重ねることにより、金融引き締め効果を経済に及ぼす必要がある。
これは、キーパーソンの1人であるダドリー・ニューヨーク連銀総裁が、講演などの場でしばしば口にしているロジックである。
第2に、金融がかなり緩和した状況下で、株式や不動産など資産価格のバブル膨張を放置すると、それが崩壊して金融システムが不安定化する恐れがあるので、今のうちに利上げによって資産価格の過度の上昇を押さえ込む必要がある。
これは、最近タカ派寄りのスタンスをとっているローゼングレン・ボストン地区連銀総裁らが唱えている。同氏は10月12日に出演した米テレビ番組で、「われわれが熟考すべきなのは、FRBが緩やかな利上げを続けなかった場合に株価がどれだけ上昇し得るかだ」と述べて、株価の先行きに警戒感を示すとともに、米国の商業用不動産は歴史的に見てかなり割高になっているとした。
上記2点ともに、説得力がある話のように聞こえるかもしれない。だが、筆者に言わせると、これらは「言うは易し行うは難し」の典型例で、実質的にはかなり危うい賭けだ。
<1ドル=100円予想を維持>
まず、1番目のロジックについて考えてみよう。利上げを続けても、金利・為替などの動きにより、金融環境は逆に緩和している。そのこと自体は問題視されてもおかしくない。しかし、だからといって、資産買い入れ(FRBのバランスシート)縮小と政策金利引き上げを同時に、物価・賃金の伸び悩みは見て見ぬふりをして続けていくと、長短金利とドル実効レートの急上昇、言い換えると「棒がぽっきりと折れる」ような金融環境の急速な引き締まりが、どこかで起きかねない。
そして、そうした中で米国株が急落すると、市場は全般に「リスクオフ」へ急速に傾斜し、新興国を含む世界経済全体に急転直下、強い下押し圧力が加わることだろう。これは、現在の「世界同時好況」のウィークポイントが一挙に露呈する流れである。
2番目のロジックはどうだろうか。このアイディアは端的に言って、金融政策を一般物価の安定ではなく、金融システムの安定に割り当てようとするものに他ならない。
だが、日本には、三重野康日銀総裁(当時)による「バブルつぶし」を狙った強引な金融引き締めの失敗という、苦い経験がある。
ここでしっかり押さえておくべきは、中央銀行が資産価格の水準を「ファインチューニング(微調整)」するのは非常に難しいという、厳然たる事実だ。株価の上昇を押さえ込むことを暗黙の狙いとして利上げを実施し、それが効かないからまた利上げをするというサイクルに入っていくと、結局どこかで底が抜けたように株価が急落し(最近隆盛を極めているアルゴリズム取引がそうした過程に寄与するだろう)、米国経済のリセッション入りを手前に引き寄せてしまうのではないか。
再投資政策の見直しによるFRBのバランスシート縮小がすでに始まっているが、これは要するに、株高を演出してきた量的緩和の「逆回転」である。いずれかのタイミングで「金余り状況」の持続性に関する不安心理が急速に市場で広がる素地がある。そこに利上げが今後も上乗せされていくようだと、株式を中心に市場参加者のセンチメントが前触れなく急変するシナリオを、筆者としては強く意識せざるを得ない。
ドル円相場は9月8日に107.32円をつけるところまで円高ドル安に動いた後、一時113円台前半までドルが切り返し、足元は111―112円台でもみ合いながら、次の方向感を探っている。大きな手がかり材料に今後なっていくと考えられるのが、米国の金融政策動向(含むイエレン議長後任問題の行方)と、共産党大会終了後の中国の経済政策運営(構造改革志向の強まりによる「チャイナリスク」再燃)である。
12月利上げ観測が再燃したことで、米国の利上げに強い打ち止め感が漂うタイミングは、以前に比べると不明確になっている。だが、筆者は引き続き、中国のリスクも念頭に置きつつ、100円前後への円高ドル安進行がこの先あると見込んでいる。
*上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。2000年から現職。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here
(編集:麻生祐司)
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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