マツダ、一球入魂が生んだ「夢のエンジン」 限られた資源をバネに

マツダ、一球入魂が生んだ「夢のエンジン」 限られた資源をバネに
 10月26日、マツダ「夢のエンジン」と呼ばれる次世代エンジンの実用化にめどをつけた。米ゼネラル・モーターズ(GM)など世界的な大手メーカーに先駆けて中堅のマツダがなぜ「技術者の夢」を実現できたのか。写真は東京モーターショーで披露された「スカイアクティブX」のモデル。25日撮影(2017年 ロイター/Toru Hanai)
[広島 26日 ロイター] - マツダ<7261.T>が「夢のエンジン」と呼ばれる次世代エンジンの実用化にめどをつけた。米ゼネラル・モーターズ(GM)など世界的な大手メーカーに先駆けて中堅のマツダがなぜ「技術者の夢」を実現できたのか。
開発チームを率いる人見光夫常務らへの取材から、限られた経営資源の中、内燃機関へのこだわりを貫いて挑戦を続けた同社の成功の構図が浮かび上がってきた。
<乏しい研究開発費>
従来のガソリンエンジンから燃費や動力性能を向上させたマツダの「スカイアクティブX(以下、X)」は、ガソリン燃料をディーゼルの燃焼方式である「圧縮着火」で燃やすことができる。通常のガソリンエンジンはガソリンと空気の混合気に圧力を加えて点火プラグによる火花で点火して燃やすが、新エンジンは混合気を高い圧力と温度で自己着火させる。
ガソリンの出力の強さとディーゼルの燃費の良さという利点を融合したエンジンで、火花点火では燃えないような薄い混合気でもきれいに素早く燃えるため、燃費は従来から最大3割高まる。2019年に新エンジンの搭載車を発売する予定で、28日から一般公開となる東京モーターショーで新エンジンとそのエンジンの搭載車を世界初披露する。
研究開発費の乏しさが「Xに賭ける」という思いを強くさせた――。人見常務はロイターとのインタビューでそう振り返った。トヨタ自動車<7203.T>の研究開発費は年1兆円超、GMは約9000億円と巨額だが、マツダは1000億円台でトヨタの10分の1ほど。世界販売は1000万台規模のトヨタなどに対し、マツダは約160万台と1桁違う。
自動車メーカーの多くが自動運転など新技術の開発競争に追われ、ガソリン車やディーゼル車に代わる環境に優しいパワートレーンとして電気自動車(EV)、燃料電池車(FCV)など莫大な費用がかかる開発を長年続けている。だが、予算に限りがあるマツダでは「選択肢を山のようには持てない」(人見氏)。   
<「EVだけに賭けるのは無謀」>   
世界で電動車を優遇する環境規制が拡大、EVが脚光を浴び、ガソリン車には逆風が吹いている。だが、現実的にはまだガソリン車が当面は自動車市場の主流であり続けると言われている。
ガソリンエンジンの技術力はプラグインハイブリッド車といった電動車への活用も可能だ。ガソリンエンジンだけで燃費が良ければ、ハイブリッドにする必要もない。他の多くのメーカーとは一線を画し、マツダは内燃機関を磨き続けることで激化するエコカー戦争に挑んでいる。   
走行時に二酸化炭素(CO2)を排出しないEVは、環境に優しい車とのイメージが強い。しかし、そのエネルギー源は電力であり、石炭火力など発電形態によっては、必ずしもCO2削減につながると言えない。ガソリンエンジンにこだわるマツダの基本思想はここにある。
もちろん経営戦略としては、トヨタと共同開発するEVも準備する。だが、人見氏は「やはり一人のエンジニアとしては環境に良い内燃機関をしっかり持っておかないとEVだけに賭けるのは絶対、無謀だと思う」と、エンジン開発への一球入魂の必要性を語る。
マツダは内燃機関の向上を追求し、その上に電動化技術を組みわせる戦略にこだわり、独自技術によるガソリンエンジン「スカイアクティブG(以下、G)」、ディーゼルエンジン「スカイアクティブD(以下、D)」を世に送り出してきた。そのGとDの延長線上に結実したのがXだ。 
Xでは、多くの技術者が実現できなかったガソリンで圧縮着火させる「HCCI(予混合圧縮着火)」の課題を克服し、マツダは「スパークプラグ」による点火を制御因子として圧縮着火を実現する独自の燃焼方式「SPCCI(火花点火制御圧縮着火)」を生み出した。  
<「Xがないとマツダには何もなくなる」>
開発チームは11年に発売されたGの開発が完了した時点でXの開発に本格的に着手。その作業はGやDとは比較にならないほど困難を極めたという。メンバーの1人は「いかにして士気を上げるか」に苦慮したと振り返る。それでも諦めなかったのは「Xがないとマツダには何もなくなる。Xが失敗したら終わりだからだ」(人見氏)。
人見氏は「点火時に思うように混合気がきていないといけない。すべてをバランスさせるのがいいが、それが約4800万通りもある」と話す。空燃比、燃焼噴射の比率や回数、タイミングなどの最適の組み合わせを考える作業は、まさに格闘だった。
「本当に気が狂いそうで、もう進まない、進まない。だから焦る」。もぐらたたきのように「こっちをそこそこの形にしようとすると、あっちが思ったような形にならない」という一進一退の作業が続いた。計算にも多大な時間がかかり、「本当に『ああ、良くなった』と思えるのが半年に1回ぐらいしかない」状況だったと人見氏は振り返る。
試行錯誤の末、開発チームは、スパークプラグの点火による「膨張火炎球」がピストンのように燃焼室内の混合気を追加圧縮し、圧縮着火を促す環境を作り出す仕組みを思いついた。このスパークプラグの点火時期を制御することで圧縮着火の燃焼範囲を広げ、これまで困難だった圧縮着火と火花点火の安定的な切り替えも実現した。
GMやホンダ<7267.T>もHCCIの実現に向け最善の方法を思案していた。07年頃に初期のHCCIを発表したGMのポール・ナジ研究開発部長は、マツダの新エンジン開発が「次の段階に進んだことを賞賛する」とエールを送った。
GMはHCCIの技術を採用し、より小型のターボチャージャーは開発してきたが、現時点ではコストの問題で完全なシステムの完成にまでは至っていないという。さらにその間には、HVやEVも投入している。  
<「お化けのようなエンジン」を大手術>
マツダ開発陣が、スパークプラグを制御の手段に生かすという技術の突破口を得たのは2―3年前。人見氏によると、その当時、「まずいったんこれでいこう」と決めたものがあったものの、コストの壁が立ちはだかった。
「コストが高過ぎて、もし良い燃費が出ても商品としては完全に失敗だと感じた。とてつもなくコストが高くなるような吸排気側両方の可変バルブタイミングシステムなど複雑怪奇なデバイス(部品)をたくさん付けて(開発が)進もうとしていて、お化けのようなエンジンになっていた」という。
人見チームが次に取り組んだのは、エンジンのデバイスをシンプルにそぎ落とす大手術だった。制御もスパークプラグでやることに決めた。余分な部品を取り外した結果、燃焼プロセスを監視する「筒内圧センサ」、混合気を作るための「高圧燃料システム」、燃料と空気の超希薄混合を可能にする「高応答エア供給機」の3つの主要部品をGから新たに取り付けた。Xのコストは、その革新性にもかかわらずGとDの間におさまった。
米自動車メーカーのHCCI開発チームと協力してきたマサチューセッツ工科大学のウィリアム・グリーン教授は「Xの性能向上はHVや長期的な潜在力でみたEVに比べれば、限定的かもしれない」と話す。ただ、充電時間やインフラの改善を必要とせず、低価格で燃費の良さを求める顧客の選択肢にXはなりうるとみており、「高価でなくシンプルかつ実用的。多くの強みがある」と評価している。
「マツダにハイブリッド技術があったら、Xの開発は途中で挫折していただろう。それくらいXは大変で面倒なエンジン」だった。そして、人見氏はこう語って苦笑した。「知恵を出すのに、貧乏は悪いことではない」。
*写真を差し替えました。

白木真紀 取材協力:田実直美、白水徳彦

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