焦点:中国EV大国の野望に「電池の壁」、転換点はいつか

[北京/デトロイト 16日 ロイター] - 重慶から成都まで、330キロの道のりを「NIO ES8」で旅したワン・ハイチュンさん(44)は、この自動車を買ったことを後悔した。
ES8は中国の電気自動車(EV)メーカー、NIO(ニーオ)が開発したスポーツ多目的車(SUV)。1回のフル充電で335キロ走れると宣伝していた。
しかし、高速道路を時速100キロ以上で走ってみると、それには遠く及ばなかったと、ワンさんは言う。180キロ走った時点で、走行可能距離は50キロしか残っていなかったと付け加えた。
「途中で一度充電してから、その後もずっと不安を抱えたまま運転した。走行距離計を常にチェックしなければならなかった」と、不動産会社のマネジャーを務めるワンさんは語る。旅の終盤に向け、彼はエアコンとカーステレオを切って電力を節約した。
「もう二度とそんな旅行はしたくない」
ワンさんはES8を48万1000元(約800万円)で購入したが、満足できずに売却した。夫妻はその後、トヨタの高級車ブランド「レクサス」のハイブリッド車「NX300h」を買い直した。
ロイターがワンさんの体験についてNIOにコメントを求めると、時速100キロで走行した場合、ES8は200キロ以上の走行が可能であり、バッテリー交換ステーションで急速充電ができると電子メールで回答した。1度のフル充電で335キロの走行が可能という、同社の広告については触れていなかった。
実際の環境では、どのEVも広告でうたう航続距離をはるかに下回ることがあると、複数の自動車技術者は言う。特に高速道路や坂が多い道を走ったり、気温が高い、または低い時に長時間運転するとその傾向は顕著だという。
もともとEVにはガソリン車よりも航続距離が短い、価格が高い、充電に時間がかかるという欠点があり、普及の妨げになっていた。これに、カタログ性能よりも実際の航続距離が短いという問題が加わることになった。
中国、欧州、米国のカリフォルニア州は、今後5─10年でEVの販売台数を劇的に増加させる意欲的な目標を自動車メーカーに求めているが、コストと利便性でガソリン車に匹敵する水準に達しない限り、達成は危ぶまれている。
<ガソリン車に並ぶのはいつか>
EVの普及に最も積極的で、世界最大の自動車市場を抱える中国の業界関係者の中には、2025年までにEVがガソリン車と同等の価格になるとの見方がある。
「EV100フォーラム」の幹部オーヤン・ミンガオ氏も、そうした予測をしている1人だ。同シンクタンクは、政府が掲げる政策の事実上の代弁者と広く思われている。
「転換点が近づいている。2025年ごろには、EVの価格が壁を突破しているとわれわれは考えている」と、オーヤン氏は1月に行ったスピーチで述べた。
オーヤン氏によると、電池コストは現在のキロワット時当たり150─200ドル(約1万7000─2万2000円)から同100ドルに低減する一方、中国では当局が計画している排ガス規制強化により、ガソリン車の価格が上昇する見込みだという。
しかし、他の業界関係者はそれほど楽観的ではない。
「中国当局は2025年にもEVがガソリン車のようになると考えている。それはナイーブな考えであり、自動車メーカー技術者はみんな私の意見に同意するだろう」と、EV開発に携わるホンダ<7267.T>のベテランエンジニアは話す。
「確かにEVブームはあるが、ハイブリッド車やプラグインハイブリッド車は橋渡し的な技術として必要になる」
このエンジニアは、本記事のためにロイターが取材した5人のうちの1人で、EVがガソリン車と同等のコストと性能を実現するまでには10年かかると考えている。彼らの大半はメディアと話す権限がなく、EV技術の欠点を説明する際には匿名を希望した。
しかし、中国政府の圧力は強まる一方だろう。中国は補助金を削減する一方、新エネルギーを使った車の普及目標を設定している。自動車販売全体に占めるハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、燃料電池車などの割合を、現在の5%から2025年までに20%に引き上げる考えだ。
<避けられない電池の劣化>
取材したエンジニアたちによると、電池のコストはキロワット時当たり約200ドルが一般的だが、 EV大手の米テスラは生産規模がはるかに大きいこともあり、同150ドル程度と考えられている。テスラはコメントを控えた。
コスト削減のため、各社はリチウムイオン電池の材料のうち最も高価なコバルトの使用量削減に取り組んでいる。
中国の寧徳時代新能源科技(CATL)<300750.SZ>や比亜迪股分有限公司(BYD)<002594.SZ>、韓国のSKイノベーション<096770.KS>などは、電池セル「NMC811」の開発を進めている。
従来のリチウムイオン電池がニッケル60%、マンガン20%、コバルト20%を使用するのに対し、NMC811の材料はニッケル80%、マンガン10%、コバルト10%。また、エネルギー密度が高いため、バッテリーのコストと重量が軽減される。
また、やや異なる比率で同様の技術を開発している企業もある。テスラとパナソニック<6752.T>が共同生産している電池セルは、マンガンをアルミニウムで代替し、NMC811よりもコバルトの使用量が少ない。
コバルトの量が少なく、ニッケルの量が多いと、電池セルが発火する危険性が増すが、この問題はまだ解決に至っていない。それでも韓国の電池各社は、およそ3年以内に発売される次世代電池は価格が大幅に下がり、航続距離も大幅に伸びると予測している。
ただ、電池コストがキロワット時当たり100ドルまで低下したとしても、EVの大幅なコストダウンには必ずしもつながらないと、ロイターが取材したエンジニアたちはみている。
電池の品質を向上させる投資が必要なことに加え、過熱や過充電を防ぐ高度な制御システムも欠かせず、コストがさらに何千ドルもかかるからだ。
トヨタ自動車<7203.T>は今のところEVを商品化していない。電池の耐久性に懸念があるとしている。同社の寺師茂樹副社長は、EVの下取り価格が低い理由として、電池容量が5─10年で半減する可能性があると指摘する。
寺師副社長はロイターとのインタビューで、中国ではEVの販売が始まったばかりなので、電池容量の低下はまだ大きな問題ではないが、いずれ顕在化すると語った。
<全固体電池が究極の目標>
性能向上のため、リチウムイオン電池中の液体またはゲル状の電解質を固体に置き換える全固体電池の開発も長期的には行われている。そうなれば、電池のエネルギー密度は2倍になるかもしれない。
「それこそが究極の目標」と、コンサルタントのジョン・ベレイサ氏は言う。同氏は、米ゼネラル・モーターズ(GM)の元幹部エンジニアで、初期のリチウムイオン電池開発を主導した。
業界関係者の多くは、この技術が量産化されて商業利用されるまでには、少なくとも10年はかかると考えている。
「多くの制約がある。一般の人々が利用する自動車にこの技術を採用するのは非常に難しいだろう」と、SKイノベーションで電池事業を統括するYS・ユン氏は語る。
EVが自動車市場の主流を占めるには、充電技術の進歩も欠かせない。大きな障害は熱であり、これは抵抗を増加させ、ひいては電流を減少させる。
ほとんどのEVは30分もあれば途中まで充電可能だが、来年発売予定の複数のモデルでは20分以内にほぼフル充電できる。
TEコネクティビティは充電時間を5分に短縮しようと、自動車メーカーと協力している。同社のアラン・アミーチ最高技術責任者(CTO)は、5年以内に達成できるかもしれないと話す。
一方、コンサルタントのベレイサ氏は、電池コストは2020年代後半までにガソリン車と同程度になると考えているが、充電速度を給油と同程度に短くするのは「まず無理だろう」とみる。
「それは物理学だ」と、ベレイサ氏は話す。ガソリン車と同量のエネルギーを同じ時間内に充電するには、「小さな都市を運営するぐらい」強力な充電器が必要だと付け加えた。
(白水徳彦記者、Paul Lienert記者、Nick Carey記者)

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