焦点:ベゾス氏「2021年宇宙の旅」、損保の手に余るリスク算定

焦点:ベゾス氏「2021年宇宙の旅」、損保の手に余るリスク算定
 米アマゾン・ドット・コム創業者ジェフ・ベゾス氏(写真)をはじめとする世界有数の富豪らが7月、初の商業宇宙旅行に参加する予定だ。だが、これを保険でカバーするのは、業界にとって完全に手に余る作業であることが分かってきた。2019年5月、ワシントンで撮影(2021年 ロイター/Clodagh Kilcoyne)
[24日 ロイター] - 米アマゾン・ドット・コム創業者ジェフ・ベゾス氏をはじめとする世界有数の富豪らが7月、初の商業宇宙旅行に参加する予定だ。だが、これを保険でカバーするのは、業界にとって完全に手に余る作業であることが分かってきた。彼らが事故などで死亡ないし負傷するリスクを、正確に算定する態勢が整っていないからだ。
宇宙事業を生涯の仕事と自認するベゾス氏は、米テスラ創業者イーロン・マスク氏や英ヴァージン・グループを率いるリチャード・ブランソン氏らと、誰が最初に大気圏外に飛び立つ富豪になるか、競争を繰り広げている。
一方、保険会社というのは、これ以上ないほど特異なリスクでさえ相応の対価でカバーすることで知られるが、宇宙空間で起きる事故の補償はまだ対象に入っていない。
米国保険情報協会(III)の広報担当者は「宇宙旅行には重大なリスクが伴う。しかしそれは生命保険会社が具体的に疑問点を質す段階に至っていない。なぜなら誰にとっても宇宙に旅行するケースは非常に珍しいからだ」と述べた。
衛星やロケット、無人宇宙飛行向けには5億ドル(約550億円)近い規模の保険市場が存在する。とはいえ、ベゾス氏が立ち上げた民間宇宙開発企業ブルー・オリジンのような宇宙船事業者が、旅行中のけがや死亡を補償する保険を乗客にかけたり、旅行者自身が該当する生命保険に加入したりすることを義務付ける法規制はない、とブローカーや保険会社は説明する。
世界最大の保険ブローカー、マーシュの航空・宇宙保険担当シニア・バイスプレジデント、ニール・スティーブンス氏は、(宇宙旅行の)乗客の損害賠償目的で保険がかけられているという話は知らないと述べた。
ブルー・オリジンは7月20日に6人乗り弾道飛行ロケット「ニュー・シェパード」を打ち上げる計画。順調に行けば地上から100キロの宇宙空間を数分間飛行して無重力を体験できる。そして、元の場所に戻ってこなければならない。
1960年代以降、いわゆる「サブオービタル(準軌道)」の有人飛行を定期的に実行してきた事業者はブランソン氏のヴァージン・ギャラクティックだけ。それも全て試験飛行で、2014年には失敗による死者も出ている。セラデータ・スペース・トラックによると、ブルー・オリジンはこれまで無人のサブオービタル飛行を15回行い、失敗はない。
<政府事業との違い>
宇宙旅行が保険でカバーされないというのは、目新しい事実ではない。
米航空宇宙局(NASA)は、公的なロケット打ち上げでは基本的に納税者が保険を提供する形になるため、わざわざ民間保険はかけない、とアシュア・スペースのリチャード・パーカー氏は説明する。アシュア・スペースは、宇宙保険を手掛ける保険会社アムトラスト・ファイナンシャルの子会社だ。
またNASAの宇宙飛行士は政府の生命保険プログラムの対象になる、とNASAの広報担当者は述べた。
保険会社グローバル・エアロスペースで宇宙保険の引き受けマネジャーを務めるチャールズ・ウェットン氏は、そもそも政府が予算を拠出した計画を遂行する宇宙飛行士は、知識や能力、適正などを見た上で入念に選抜され、打ち上げの何年も前から訓練を受けると指摘。「飛行士やその家族も自分たちの任務に付随するリスクを理解している」と話す。
しかしウェットン氏によると、商業宇宙旅行であれば、わずか数日の訓練でサブオービタル飛行をするか、数カ月かけて国際宇宙ステーション(ISS)に向かうかで、保険会社が考慮すべき非常に異なる2つのリスク要素があることを示しているという。
ブルー・オリジンのサイトには、旅行参加者は打ち上げ前日に訓練を受け、行程と宇宙船の概要や安全性などの説明があり、飛行中の行動を指示されると記載されている。
ヴァージン・ギャラクティックが打ち上げ前に参加者の訓練・準備期間として確保するのは3日だ。
NASAは、民間資金で宇宙飛行士をISSに送り込む計画を巡り、どのような保険を設定すべきか業界に意見を求めている。NASAが想定しているのは、民間宇宙飛行士の保険加入義務化など。保険ブローカー、ギャラガーのティム・ラッシュ氏は、宇宙旅行はまだ黎明期で、民間宇宙飛行士には200万―500万ドルの生命保険が存在する中で、乗客を保険でカバーするというのが次の段階になるかもしれないとの見方を示した。
<線引き問題>
保険会社やブローカーはロイターに、宇宙旅行に関連するリスクが宇宙保険と航空保険のどちらに落とし込まれるかが今後の鍵を握る問題になると明かした。
宇宙におけるあらゆる活動を規定するのは1972年に発効した国連宇宙損害責任条約だが、商業宇宙飛行の法的枠組みを整備している国となると、ほとんど見当たらない。
航空旅行保険は英ロイズ保険組合が1911年に初めて引き受け、その数年後にはリンドバーグの大西洋無着陸横断飛行でも彼と飛行機に1万8000ドルの保険をかけた。
マーシュのスティーブンス氏は、宇宙旅行はこれと違うと強調。乗客が出発場所に戻ってくることが理由で、理論的には国内旅行扱いとなり、国際的な移動をカバーする航空保険の適用ができない以上、損害賠償の制限もなくなると解説した。
スティーブンス氏は「航空保険市場は宇宙船に関連するリスクの引き受けに積極的ではない」と述べるとともに、宇宙旅行が果たして航空保険の範囲なのか、宇宙保険の範囲なのかはとてつもない難問だと頭を悩ませている。
それでもグローバル・エアロスペースのウェットン氏は、サブオービタル飛行を手掛ける幾つかの企業から保険の問い合わせを受け始めたと語る。
アシュア・スペースのパーカー氏によると「今後10年のうちに航空と宇宙飛行(の保険)は非常に似通ったものになるだろう。やがてどこかの議会は、一般の人々が宇宙船旅行をするようになった今、彼らを守る必要があると言い出すことになる」という。
(Noor Zainab Hussain記者、Carolyn Cohn記者)

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