焦点:米中対立、日本企業が危惧する「対中ビジネス縮小」圧力

中川泉
[東京 17日 ロイター] - 日本企業のグローバルビジネスが、米中という二大覇権国の対立で、大きな別れ道に直面しつつある。「巨大市場」中国の需要取り込みを優先させてきた企業が、日米同盟の必要性によって、対中ビジネス縮小を迫られかねない事態となっている。
背景には、政府・自民党の急速な方針の「転換」があり、従来の「政経分離」方針からの大きな方向転換に対し、経済界には戸惑いの声も漏れている。
<日米同盟あってのビジネス>
「日米同盟の下で、安全保障に関しては米国と平そくを合わせることが大事。合わせて中国市場で、日本企業がどのような経営をするのか、議論が必要」──。
自民党内では、安全保障とビジネスの両立をテーマに1つの議員連盟が立ち上がり、議論を続けている。議連の名は「ルール形成戦略議員連盟」。甘利明・選挙対策委員長(元経済再生相)が会長を務め、69人の同党国会議員が所属する。
同議連は5月29日、「日本版NEC」(国家経済会議)の創設を安倍晋三首相に提言。インテリジェンス機能を重視し、安全保障と経済外交の司令塔になる組織の重要性を強調した。米国による中国の華為技術(ファーウェイ)製品の輸入規制に代表される、安全保障を優先した規制とビジネスとの「新しい関係」の構築を訴える内容だ。
こうした考え方は日本の産業界を大きく揺さぶる方向転換ともなりそうだ。
同議連事務局長の中山展宏衆院議員は「米政府関係者らから、米NECのカウンターパートとしての司令塔組織の創設を求められている」と、その背景を指摘した。
さらに米国は5月15日、ファーウェイと関連会社70社について、米政府の許可なく米企業から部品などを購入することを禁止する「エンティティ―リスト」への正式な追加を発表。日本など同盟国にも同調を求めている。
一方、日本には米国と同様の規制を民間企業に課す法的な規制がない。日本企業のビジネスに何らの制約は生じないはずだが、別の現実が存在する。
複数の関係筋によると、米国は日本を含む同盟国などに米国の規制に同調するよう求めている。欧州の一部やブラジルのように、ファーウェイ製品の調達を継続するとしている国もあるが、同調しない場合、日本企業が米国内での訴訟対象になったり、特定分野のビジネスから排除されるリスクがあるという。
中山氏は「企業が米中どちらの市場を選ぶか、ということになるかもしれない。もはや、今まで通りに米中両市場で安全保障を意識せずに、うまくビジネスができるということは当面ないだろうと思っている」と語った。
自民党は、産業界からの要望も踏まえ、中国市場における日本企業の行動指針の策定について、近く検討を始める。
<政府調達ルール強化、企業に無言の圧力>
すでに効力を持っている政府規制が、一般企業の行動を大幅に政策しているケースもある。
政府が昨年12月に策定した「通信機器政府調達への新たな指針」では、安全保障上のリスクがあるとみなされる企業の製品は、政府が調達しないことを明記している。
だが、実質的な規制はそこにとどまらない。政府の調達先の企業自体においても、規制対象となる製品が使われているかどうかチェックされ、使われている場合は、調達先から外される。
ある政府関係者は、通信ネットワークを活用するのは、鉄道や電力、自治体なども含めて多岐にわたり、そこへ部品を供給している企業の裾野も幅広いと説明。そのうえで「仮にそうした企業のシステムに安全保障上のリスクがあるとみなされる製品が使われていれば、その企業は政府との取引ができなくなる」と指摘、結果として民間企業にも無言の圧力になるとの見方を示した。
実は、「法の精神」として、民間企業を縛る規定が盛り込まれている法律もある。2019年4月に改正法が施行された「サイバーセキュリティ基本法」には、一般企業においても、サプライチェーンにおける安全保障リスクを意識すべきとの文言が入っている。
経済産業省の関係者は、もはや企業が安全保障リスクを考慮することなく、価格の比較だけで調達を実施することは許されないと指摘した。
企業経営者の1人は「われわれも米国や日本政府の立場を忖度(そんたく)せざるをえない」と本音を漏らした。
<巨大な中国市場、企業から戸惑いの声>
だが、現実に中国企業と幅広くビジネスを展開している多くの日本企業にとって、「米国を選ぶか」「中国を選ぶか」と選択を迫られても、急激な変化は現実的でない。
ある経済団体幹部は「規制が強過ぎれば、世界に構築したサプライチェーンが傷つく。あまりに米国の規制に依存することは、日本経済にとってマイナスになることも政府は意識してほしい」と指摘する。
中でも、多くの影響が予想されているのが電機・通信業界。ファーウェイとの取引額は2018年に7000億円程度に達し、今年は9000億円程度に拡大するとの見方がある。約1兆円という中国向け半導体製造装置の輸出額に見合う規模であり「この巨額の取引が水泡に帰すとしたら、影響は相当に大きい」とある政府関係者は懸念する。
一方、5G(次世代通信規格)商用化を来年に控えた設備投資が米規制の網にかかれば、米国とのビジネスや共同研究開発事業から締め出されるリスクがあり、関連企業は敏感に対応している。
通信各社の中で5G投資額が最大のNTTドコモ<9437.T>では「5Gネットワークは富士通<6702.T>やNEC<6701.T>、ノキア、エリクソンなどで構築する予定で、もともとファーウェイは入っていなかった」(同社関係者)ため影響はほとんどないとしている。
ただ、端末販売については「同社が米国のエンティティリストに載ってしまった影響は大きく、この問題を解決しない限り、今後出るモデルの販売は難しいだろう」(同)とみられている。
ソフトウェア開発を手がけるアステリア<3853.T>は、中国・杭州市の開発センターのコア事業を昨年シンガポールに移転。同社の平野洋一郎社長によると、今のところ米中摩擦の影響による事業延期案件はないとしながらも、中国関連事業には慎重になっていると話す。
また平野社長は、今年5月に発表した台湾の動画解析技術に優れた「Gorilla Technology」との人工知能(AI)活用の画像認識技術の業務提携では、同社が中国と何等かの関連がないことの確認に時間を割いたことを明かす。
アステリアの調達ハードウェアのうち、AI搭載IoTシステム「グラヴィオ」のセンサーだけが中国製だが、いつ規制対象になっても対応できるよう、中国以外のパートナーを選定中だ。
日本企業にとって、中国ビジネスは「巨大すぎて捨てられない市場」(先の経済団体幹部)だが、野村総合研究所・エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏は「米中対立が深まっていくと、経済圏は2つに別れることになる。日本は米国に追随していくなら、中国向け輸出にも制限が出てくることになる」と述べ、これまでとは違った世界に突入する可能性が高いと予想している。

取材協力・志田義寧 清水律子 編集:田巻一彦

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