焦点:中国怒らせた南洋の楽園パラオの苦悩、中台の板挟みに

Farah Master
[コロール(パラオ) 19日 ロイター] - 空室ばかりのホテルや、停泊したままの観光船、そしてシャッターが下ろされた旅行代理店──。小さな太平洋の島国パラオに広がるこうした光景に、熾烈さを増す中国と台湾の外交闘争の板挟みになった同国の苦悩を見て取ることができる。
中国は昨年、この「南洋の楽園」への観光ツアーを事実上禁止した。外交関係のない同国は、違法な旅行先だと主張している。
中国が太平洋諸島に対して影響力を拡大する中で、今や17カ国しか残っていない台湾の外交同盟国の1つであるパラオは、中国側に寝返るよう圧力を受けている、と現地の当局者や実業家は危惧している。
「中国が観光客を武器にしている、という話でもちきりだ」と、コロールでホテル2軒を経営するジェフリー・バラブさんは言う。「カネを一旦流れ込ませてから、それを引き揚げ、外交関係の樹立をパラオに迫っていると信じている人もいる」
コロール中心部を歩けば、中国の撤退ぶりは明白だ。
ホテルやレストランが並ぶ地区に人影はなく、旅行代理店は閉鎖され、マッシュルームの形をした緑の島ロックアイランドへと観光客を運ぶボートは、桟橋につながれたままだ。
禁止以前は、パラオを訪ねる旅行者の約半数が中国人観光客だった。2017年に12万2000人だった訪問者のうち、5万5000人が中国、9000人が台湾からだった。
中国人投資家も、ホテル建設や事業を始めたり、ビーチ沿いの優良不動産を買い漁るなどしていた。
観光禁止を中国が発表した後の落ち込みぶりはあまりに激しく、パラオ・パシフィック航空は7月、所要時間4時間程度の中国便を8月末以降廃止すると発表した。
「(中国政府が)パラオに行く観光客を停滞させようとしている」と、台湾人が経営する同航空は主張する。中国政府による禁止後、同航空の予約が半減しているという。
過去にも、中国は観光を外交の道具として利用している。昨年は、米最新鋭地上配備型ミサイル迎撃システムを韓国が配備したことを受け、韓国ツアーが停止された。
パラオを違法な渡航先として指定したのは、台湾と距離を置くよう圧力をかける目的かと質問したところ、中国外務省は、他国との関係は、中台がともに1つの中国に属するという「1つの中国」政策の枠組みの中で構築されるべきだと説明した。
「1つの中国の原則は、中国が世界のすべての国々と協力的な友好関係を築き、維持するための前提であり、政治的基礎だ」と、同省はロイターに文書で回答した。パラオについては具体的に言及しなかった。
台湾外交部(外務省に相当)は、中国が寛大な支援パッケージや投資を提供することで、この2年間で5カ国の外交承認を、台湾から中国へと変更させたと主張する。
「深刻な外交的脅威に直面しているが、台湾政府は北京からの圧力には屈しない」と、同外交部はホームーページ上で表明。「台湾は、地域の平和と安定を維持し、国際社会において正しい地位を確保するため、友好国と協力する」
<量から質へ>
パラオのレメンゲサウ大統領は、観光規制について中国政府から公式の通知は受けていないと話った。
「われわれや台湾の外交的友好国に対し、中国が自国に乗り換えてほしいと考えているのは周知の事実だが、1つの中国政策はパラオが決められるものではない」。レメンゲサウ大統領はパラオ第2の町ミューンズでロイターにそう語った。
現在2期目で2021年1月に任期が終わるレメンゲサウ大統領は、パラオは中国からの投資や観光客を歓迎するが、政権の方針や民主主義の理念上では、台湾により共感すると話した。
パラオは、団体旅行客よりも多くのおカネを落としてくれる個人客に注力することで、中国人観光客の減少に対応している、と大統領は説明。団体観光客によって、これまで環境に悪影響が出ていたという。
パラオの人気観光スポットだった塩水湖ジェリーフィッシュレイクは、クラゲの激減によって2017年に閉鎖された。多数の観光客が訪れたことがその原因とされている。
「現実には、パラオにとって(観光客の)数が大きな利益を意味していたわけではない。(今回の減少により)われわれは量ではなく質の政策を模索する決意をより強くした」そう語るレメンゲサウ大統領は2015年、パラオ領海のほとんどを海洋保護区に指定している。
<影響力を構築>
ミクロネシア連邦とマーシャル諸島、そしてパラオの3カ国は、米国と自由連合盟約を締結しているが、複数のパラオ元政府高官によれば、同盟約が2023年と2024年に期限を迎える前に、中国は同地域における自身の影響力を固めようとしている。
米国は、年平均で約2億ドル(約220億円)の財政支援を3カ国に提供し、防衛を担っている。3カ国とも国際連合に加盟している。
米国政府は昨年12月、パラオに対して2024年まで1億2400万ドル規模の経済支援を行うことを遅れて承認したものの、同盟約の延長については方針を明らかにしていない。
ミクロネシアの元政府関係者によれば、中国は、自身の掲げる経済圏構想「一帯一路」をパラオにも広げようとしており、同盟約が期限を迎えた後は、重大な投資を提供する可能性があると話す。
「中国は攻勢をかけている」と、パラオのトリビオン前大統領は語る。「われわれは投資家を必要としており、それはパラオと中国の関係における大きな要素だ」
「台湾が好きだ。だが台湾人でさえ、今では中国を必要としている。ビジネスマンも中国を必要としている。彼らは政治的な成り行きなど考えていない。経済を考えている」と、2013年まで大統領を務めたトリビオン氏は語った。
パラオは、台湾から年間1000万ドルの支援のほか、医療や教育の奨学金を受けている。
レメンゲサウ大統領は、米国との盟約が満期を迎えた後の資金支援について、中国と公式な協議はしていないとしつつも、政府内で検討を始めていると述べた。
<チャイナマネーの侵攻>
中国は、数十億ドル規模の資金をミクロネシアや周辺地域における貿易や投資、援助や観光につぎ込み、瞬く間に太平洋の主要経済勢力となった。
米政府報告書によると、中国の太平洋諸島フォーラム参加国に対する貿易額は2017年に82億ドルに達したが、米国は16億ドルにとどまった。中国による無利子融資も急増している。
対照的に、米国政府が行うパラオでの基盤強化は、公用車の米国旗を大型化するなど、表面的なものが多いと地元住民は指摘する。
しかし、中国の活動は大幅に鈍化した。
前出のホテル経営者バラブさんによると、中国人投資家は2017年までに約60件のホテル建設計画について99年リースを確保していたが、建設工事のほとんどが中断している。
コロールの不動産鑑定士で、中国企業と地元住民の土地リース契約を仲介するジャクソン・ヘンリー氏は、2020年の大統領選までにパラオに対する中国投資を後押しするチャンネルを築きたいと語る。
パラオは、台湾と中国の双方と友好的でありたいと考えている、と過去に駐台湾大使やパラオ政府観光局の局長を勤めた経験のあるヘンリー氏は語る。「中国人顧客は、次期政権が中国本土との関係を改善することを期待している」
(翻訳:山口香子、編集:下郡美紀)

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