焦点:有事の円買い、今年は不発な訳

焦点:有事の円買い、今年は不発な訳
 7月24日、世界で大きな紛争や災害・事故が起きた際に、緊急避難的に資金の避難先として日本円を買う、いわゆる「有事の円買い」は投資家にとっての常とう手段だ。写真は日本円と米ドルの紙幣。シンガポールで昨年6月撮影(2018年 ロイター/Thomas White)
Tom Finn and Hideyuki Sano
[ロンドン/東京 24日 ロイター] - 世界で大きな紛争や災害・事故が起きた際に、緊急避難的に資金の避難先として日本円を買う、いわゆる「有事の円買い」は投資家にとっての常とう手段だ。
ところが、今年は、世界的な貿易摩擦が発生し、中国の人民元は急落。また米国の大統領が、公然と金融市場に口先介入しないという長年の慣行を無視して、ドル高を嘆いたにもかかわらず、円は弱いままだ。特に今月は、円は先進国通貨で構成される、いわゆる「G10」通貨の中で最も弱くなっている。
月間2兆円近くの貿易黒字に支えられ、安全な避難先としての日本円のステータスは疑いようもないが、日本の投資家が海外資産を買い控えるような大激震に世界市場が見舞われない限り、円の脆弱(ぜいじゃく)さが続く可能性が高い。
各国中央銀行が、金融緩和を終える「出口」に向かっているのに対して、日銀が大きく出遅れていることは大きな要因の一つだ。
インフレ率が日銀の目標を依然はるかに下回り、企業業績の回復も緩慢な現在の状況下で、日銀が金融緩和策を手じまいする出口戦略に積極的に向かうことができるのか、投資家は懐疑的な見方をしている。
日銀が金融緩和策の「持続可能性を高める」ため、政策修正を検討しているとの報道が相次ぐ中でも円の上昇は週明け23日、短期的なものにとどまった。
「日銀は依然として緩和策を継続しており、国内投資家が円を借りて海外資産を買うのを後押ししている」。9830億ポンド(約144兆円)の資産を運用する英リーガル・アンド・ジェネラル・インベストメント・マネジメントのアントン・エーザー最高投資責任者(CIO)はそう話す。
米連邦準備理事会(FRB)が2016年以降、利上げを7回実施し、欧州中央銀行(ECB)も債券買い入れ策の年内終了を計画している中で、日銀はペースこそ鈍化しているものの国債買い入れを継続。
その結果、日本の投資家は、世界市場の動揺にもかかわらず、海外資産に資金を投入し続ける可能性が高い。
日本の投資家による6月の外国株式投資はネットで1.5兆円の買い越しとなり、この3年近くで最高となった。貿易摩擦が激しさを増した7月の第1週でも、3710億円相当の外国株を購入している。
<ヘッジ敬遠>
一方、日本の投資家は、自らが抱える巨額な米国資産の為替リスクをヘッジすることに対して、消極姿勢を強めている。
「一部の投資家は、外国債券投資に対する為替ヘッジを減らしているように思う」と、大手邦銀のシニアトレーダーはロイターに語った。
フルヘッジで米10年債を買っている日本のファンドマネジャーは現在、昨年上期と比べても半分程度の30ベーシスポイント程度の利回りしか稼げない。また、FRBの利上げ継続が見込まれる中で、ヘッジ後の利回りは今後さらなる低下が予想される。
日本の投資家によるヘッジの削減は、円需要が減ることを意味する。
「為替ヘッジコストは急上昇している。日本の投資家はヘッジをやめ、それが円の買い控えにつながっている。円売りの流れだ」と、RBCキャピタル・マーケッツ(ロンドン)の首席為替ストラテジスト、アダム・コール氏は指摘する。
円売りのもう1つの要因は、低迷する国内経済成長と人口減から日本企業が海外で買収を加速させていることだ。トムソン・ロイターのデータによると、今年前半の日本企業による外国企業の買収額は計13兆円と過去最高を記録した。
その中には、武田薬品工業<4502.T>が、アイルランド製薬大手シャイアーを約7兆円で買収する案件も含まれている。
この買収合意を受け、4月初めに英ポンドは円に対し4%以上も上昇したが、5月に武田がシャイアーの株主にドル建てで支払うとの報道が伝わると、ドルが買われ始めた。
<貿易摩擦>
世界の金融市場のボラティリティーを高める貿易摩擦は、円にとってポジティブのように見える。だが実際は、円安方向に作用している。
日本は貿易戦争の影響を受けやすい。例えば、自動車は対米輸出の約3割を占めており、もし自動車に新たな米関税が適用されれば、日本が誇る貿易黒字は直撃を免れないだろう。
現在、世界各国のファンドマネジャーが海外資産を売って得た現金の大半は、「安全な避難先」ではなく実のところ米国市場に投入されている。米国の輸出依存度が低いため、ドルは貿易戦争の恩恵を受けやすくなる。
「米ドルに有利に働く金利格差の拡大によって、スイスフランや日本円を買うよりも、投資家は力強い代替手段を得ている」と、ラボバンク(ロンドン)の通貨ストラテジスト、ジェーン・フォレイ氏は言う。
世界の投資家は現在、米国株式のオーバーウエイト比率が過去17カ月で最大となっていることが、バンク・オブ・アメリカ・メリルリンチ(BAML)が先週発表した調査で明らかになった。他国株式は低下しており、日本株の配分が下がったのは過去4カ月で3回を数える。
日本株と円は、今年に入り高い相関を示しており、どちらも不調だとBAMLの通貨ストラテジスト、カマル・シャルマ氏は指摘。通常なら円安は日経平均<.N225>を押し上げるため、これは異例の事態だ。
「米国株相場が崩れるなら、状況も変わるだろうが、ウォールストリートがリスクオンモードになっている限り、ドルは円に対しサポートされることになる」と前出した大手邦銀のトレーダーは語った。
(翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)

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