コラム:金融市場支える「7つのブーム」に迫る壁=重見吉徳氏

コラム:金融市場支える「7つのブーム」に迫る壁=重見吉徳氏
 6月6日、JPモルガン・アセット・マネジメントのグローバル・マーケット・ストラテジスト、重見吉徳氏は、金融市場を支える「7つのブーム」は「7つのリスク」に姿を変えつつあると指摘。写真はニューヨーク証券取引所、5月撮影(2018年 ロイター/Brendan McDermid)
重見吉徳 JPモルガン・アセット・マネジメント グローバル・マーケット・ストラテジスト
[東京 6日] - 金融市場は、「7つのブーム」で支えられていよう。それらは、流動性、生産効率化、合併・買収(M&A)、自社株買い、レバレッジ、テクノロジー、上場投資信託(ETF)を巡るブームだ。
お気付きの通り、7つのブームは互いに独立しているわけではなく、一方が他方を生み出していたり、互いに作用し合ったりしていると考えられる。
いずれにせよ、これらは現在、それぞれの壁に直面しており、「7つのブーム」は「7つのリスク」に姿を変えつつある。そこで重要な格言は「もうはまだなり まだはもうなり」だろう。言い換えれば、強気派にとっては時間の問題だが、弱気派にとっては時間こそが問題である。
本稿では上記のうち、流動性、生産効率化、M&A、自社株買い、レバレッジを巡るブームを掘り下げる。テクノロジー、ETFについては、次回詳しく取り上げたい。
<流動性ブーム>
多くのリスク資産価格を割高な水準に押し上げたのは、主要中銀による低金利政策とフォワードガイダンス、大規模資産買い入れがもたらしたリスクテークとポートフォリオリバランスだろう。
ニューヨーク連銀が算出するACMモデル(Adrian,Crump,Moench 2013)に従えば、米10年国債のタームプレミアム(期間に伴う上乗せ利回り)は、2016年の米大統領選挙を機にプラスに浮上したものの、2017年4月以降、再びマイナスに陥っている。
確かに、債券市場の参加者は、過去30年余りの期間において、おおむね正しかったが、彼らがインフレや財政赤字の不確実性をほとんどプライシングした経験がないことは、金融市場全体にとっての重大なリスクだろう。一方で、以前よりも多くの米国企業が仕入価格の上昇や労働力の質を重要な問題と回答し、米国の連邦政府債務は世界金融危機から10年余りの期間に(危機前の)3倍近くに膨らんでいる。
誤解を恐れずに言えば、主要中銀の金融緩和は、無責任なリスクテークを奨励し、責任ある投資行動を罰してきたようなものだ。こうした中、資本家によってパフォーマンスを競うよう求められる投資家は「他の投資家が(テクノロジー株式を)買うから、自分も(テクノロジー株式を)買う」という循環の中を漂っているだけにみえる。
流動性ブームに支えられたリスク資産は、完全雇用の壁(物価安定のための金融引き締め)、バリュエーションの壁(金融市場安定のための引き締め)、財政プレミアム復活の壁(長期金利の上昇)にぶつかりつつある。
年初以降、世界の株式市場やクレジット資産、新興国市場が軟調さを見せている要因の1つは、ようやく姿を現した米連邦準備理事会(FRB)による保有資産圧縮だろう。
<生産効率化ブーム>
生産効率化ブームは、企業による「マージン拡大の追求」のうち、新興国への生産移転や生産自動化の進展を指す。企業がマージンの拡大を追求する理由は、パイの拡大は鈍化しているにもかかわらず、資本家が要求する収益率は変わらないためである。
米国の名目経済成長率(5年トレンド、年率)は1980年代半ばの約8%から、直近では約4%にまで鈍化している。一方、投資家の要求収益率を益回りで参照すると、S&P総合500種指数の益回りは、同じ期間に7%を中心に循環するのみで、低下トレンドは確認できない(直近は約6%)。人口の伸び鈍化や資本蓄積によって、経済成長率や資本の期待収益率の鈍化が進んでも、資本家の貪欲さは衰えるためしがない。米国の多くの企業が、米国政府に対し、中国への通商圧力を弱めるようロビー活動を行っている背景にも、資本家による利益拡大への圧力があるだろう。
企業は、トップラインの成長では埋まらないギャップに直面し、マージンの拡大を追求する。米国の1人当たり実質生産量(国民所得)は、1948年を100とすると、直近までに約320に増加した。他方で、1人当たりの実質賃金は、1971年にブレトン・ウッズ体制が崩壊する直前までは、生産量の増加に沿って上昇していたが、それ以降はほぼ横ばいで、直近は約180にとどまる。労働分配率(国内総所得に占める被雇用者報酬の割合)は、1971年の58.4%をピークに低下トレンドを描き、直近では53.2%まで低下している。
自由貿易と資本移動の自由、規制緩和を追求する中で、先進国の企業は生産コストの低下を新興国の労働力に求めた。その過程で先進国の労働組合は弱体化し、さらに最近では、ロボットや人工知能(AI)に象徴される自動化投資が顕著である。先進国の労働者は生産性の低いサービスセクターに移動して賃金は伸び悩むが、企業や資本家は利益を確保する。
生産移転や自動化によるマージンの拡大は、一般家計の購買力低下という壁にぶつかる。その象徴が、米アップルのスマートフォン「iPhone(アイフォーン)X(テン)」の販売低迷だろう。企業がマージンと利益を拡大すべく、新製品の価格を引き上げるとしても、一般家計は生産移転や自動化によって、いわばこれらの製品の生産ラインから外されている。しかも、自由主義社会は所得の再分配機能を欠く。やがて、売上高の伸び鈍化がマージンの拡大を相殺することになる。
また、購買力の低下だけでなく景気循環でも起きることだが、貯蓄率の低下という壁もある。米国の貯蓄率は直近が3.1%であり、世界金融危機直前の2005年以来の低水準である。そして、保護主義やポピュリズムも、新興国への生産移転の追求に立ちはだかる壁となる可能性がある。
<M&Aブーム>
これは、企業による「マージン拡大の追求」のうち、寡占化を指す。M&Aによる寡占化と価格支配力の確保は、生産移転や自動化と並んで、企業が利益を伸ばし続けるための有力な手段である。
調査会社ディールロジックによれば、2018年5月中旬までの世界のM&A金額は、約2兆ドルに上り、過去最高だった2007年のペース(約1.8兆ドル、5月中旬時点までの実績)を上回っている。
M&Aブームは、レバレッジ(資金借り入れ)ブームと表裏一体であり、前述の金融引き締めと購買力低下の壁、後述するレバレッジ拡大の壁が立ちはだかるが、反トラストの壁もあるだろう。トランプ政権はこれまでのところ、労働者階級へのアピールを狙ってか、企業の合併・買収に幾分否定的な見解を示している。
S&P総合500種指数の直近のマージン(営業利益ベース)は13.9%であり、データがさかのぼれる1999年12月以降は14%を超えると頭打ちになっている。マージンの拡大は、労働分配率の低下を含め、ピークに差し掛かっていると考えるほうが自然だろう。
<自社株買いブーム>
実物資本の期待収益率が低下する一方、企業がトップラインの増加やマージンの拡大による利益増加でも、投資家の要求収益率を達成できないときには、企業は資本家に資本を返す。その副作用の1つは、株主資本利益率(ROE)や1株利益(EPS)が上昇することだろう。重要な点は、ROEやEPSは利益の金額やキャッシュフローが「増加」していなくても、株数を減らしたり、資本還元するだけで「上昇」する指標だということである。
2017年のS&P総合500種構成企業による自社株買い金額は、4年連続で5000億ドルを超えている。今年1―3月期は1780億ドルと、四半期ベースでは過去最高のペースで推移しており、年間ベースで過去最高だった2007年の5890億ドルを超えることも視野に入る。
自社株買いのもう1つの副作用は、株式の供給が減る一方で、マネーは増えるために、株価に上昇圧力が生じるということだろう。企業と資本家は「自社株買いをすれば、株価が上がる。資本家が株高を喜ぶから、また自社株買いをする」という歓喜の循環を漂っているだけのようにみえる。企業と資本家には、2つの副作用こそ効果と映っているはずである。
資本家は、利益そのものではなく、1株利益を見る。言い換えれば、少なくとも現時点の資本家は、アニマルスピリットに基づく事業投資が呼び込む社会全体の豊かさ(生産性と1人当たり所得)の拡大など見ておらず、資本家個人の利得最大化のみを考えている。バリュー投資で名を馳せた著名投資家のウォーレン・バフェット氏ですら、アップルの株式に資金を投下したそばから、アップルが自社株買いで資本を返すことを歓迎するほどである。
この自社株買いブームも、レバレッジ(資金借り入れ)ブームと表裏一体であり、前述の金融引き締めの壁と、後述するレバレッジ拡大の壁が立ちはだかる。
<レバレッジ・ブーム>
M&Aブームと自社株買いブームを支えてきたのが、企業によるレバレッジの拡大である。
S&P総合500種構成企業の負債比率は、直近が83.2%であり、ITバブル期や住宅バブル期を超える。確かに、純債務比率を考えれば、その水準はまだITバブル期や住宅バブル期には及ばないが、キャッシュが一部の企業に偏っていることを踏まえれば、中位企業の信用は着実に悪化していると考えられる。例えば、S&Pグローバルによれば、世界の投資適格社債市場の中位格付けは、BBBマイナスと、投機的格付けの1歩手前まで低下している。
また、国際通貨基金(IMF)によれば、投機的格付けや負債比率の高い企業向けの貸付であるレバレッジド・ローンの新規発行額は、2017年に7880億ドルと過去最高水準を更新している。借り入れの主要な主体である米国企業を見ると、新規発行の7割超が、借り手に対する制限条項を緩和したコベナンツ・ライトと呼ばれるローンであり、世界金融危機前は予想回収率が82%であったものの、2010年以降の平均は69%である。
こうした質の悪化と、これとは矛盾する低スプレッド、そして米FRBによる保有資産圧縮を考えれば、クレジット市場の投資家は脆弱な状況に置かれていると言えるし、他の資産も一蓮托生だろう。
*重見吉徳氏は、J.P.モルガン・アセット・マネジメントの日本におけるグローバル・マーケット・ストラテジストで、エグゼクティブ・ディレクター。大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了後、農林中央金庫にて、外国証券・外国為替・デリバティブ等の会計・決済事務および外国債券・デリバティブ等の投資業務に従事。その後、野村アセットマネジメントの東京・シンガポール両拠点において、グローバル債券の運用およびプロダクトマネジメントに従事。アール・ビー・エス証券にて外国債券ストラテジストを務めた後、2013年3月より現職。
*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。
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