仏検察が電通のパートナー企業に焦点、スポーツビジネス汚職捜査

Nathan Layne and Gabrielle Tétrault-Farber
[ニューヨーク/パリ 28日 ロイター] - 国際スポーツビジネスを巡る汚職疑惑を捜査しているフランス検察当局は、摘発したスポンサー料の横領事件で、日本の大手広告代理店、電通<4324.T>のパートナーであるアスレティックス・マネジメント・アンド・サービシズ(AMS、本社スイス)が横領に利用された取引で「中心的かつ不可欠な役割」を果たしていたと判断、スイス当局にAMS本社の捜索と証拠の押収を要請した。ロイターが閲覧した文書と、捜査状況を知る関係者の話で明らかになった。
この事件では、仏当局がスポンサーや放映権の契約に関連した横領の罪などで国際陸上競技連盟(国際陸連)のラミン・ディアク前会長と彼の息子のパパマッサタ・ディアク氏を起訴している。捜査は今年6月に終結し、公判が行われる予定だ。
電通とAMSは国際陸連が主催する大会のマーケティングと放映などの権利の取り扱いについて協力している。フランス検察当局は両社に不正行為があったとの判断はしていない。
仏当局はさらに、五輪と世界陸上競技選手権大会(世界陸上)に絡む贈収賄疑惑についても捜査を続けており、関係者の1人は、電通とAMSの役割にも調べが及ぶ可能性があると指摘した。日本側は否定しているが、仏当局は、東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会が国際オリンピック委員会(IOC)の委員だったディアク前会長とその息子に賄賂を支払った疑いがあるとみている。
<仏がスイスへの捜査協力を要請>
ディアク氏らに対する89ページに及ぶ起訴状(ルノー・バン・リュインベック判事が署名)は、パパマッサタ氏によるスポンサー資金の横領について、AMSが「その過程で中心的かつ不可欠な役割」を果たした、としている。起訴状によると、AMSはパパマッサタ氏に世界のいくつかの地域でのマーケティング権と放映権を譲渡、同社が協力した取引の中で、パパマッサタ氏が「途方もない」手数料を着服したとしている。
ロイターはAMSに詳細な質問を送ったが、同社は回答を拒否した。電通は、起訴状の内容を把握しておらず、この件についてフランスや日本の当局からの質問や協力要請もないとしている。電通広報局の河南周作氏はロイターに対し、起訴状の詳細については同社は何も知らないと文書で回答した。
仏捜査当局はバン・リュインベック判事が2018年5月に署名した捜査協力要請をスイス側に送り、ルツェルンにあるAMS事務所の家宅捜索や同社幹部への聴取を求めたが、現在に至るまで、スイス側は要請に応じていない。この捜査に詳しい関係者の証言およびロイターが閲覧した司法支援要請書で明らかになった。
フランスによるスイスへの捜査協力の依頼やAMSに言及した起訴状の詳細が明らかになったのは初めて。こうした事実は、仏当局が4年間の捜査を踏まえ、国際陸連のガバナンスやロシアによるドーピング隠蔽問題だけでなく、コンサルティングやスポンサー契約を通じてディアク父子が賄賂を手に入れていたかどうかの解明へ動いていることを示している。
スイスに対するフランスの要請は、AMSが電通およびパパマッサタ氏の企業と結んだ契約、さらに国際陸連のスポンサーシップや放映権に関して取引をした企業5社に関連する契約を調べることだった。この5社とは、ロシアのVTB銀行、中国石油化工(シノペック)<600028.SS>、韓国サムスン電子<005930.KS>、中国中央電視台(CCTV)、アブダビ・メディア社の各企業。仏当局はこれらの契約に基づく支払いについても説明を求めた。
ロイターの取材に対し、スイス検事総長および司法省はフランスから協力要請を受けたことをそれぞれ認めた。だが、詳細な説明はフランス当局に委ねるとした。仏のバン・リュインベック判事、フランス金融検察局もコメントを拒否した。
捜査依頼が言及した5社のうち、韓国サムスン電子はロイターに対し、自社のブランド力向上と国際的なスポーツ振興を目的に国際陸連のイベントのスポンサーになったと説明。資金の横領疑惑については認識していないとした。VTB銀行はいかなる不正行為にも関与していないとし、国際陸連と結んだ契約は「VTBを国際的な舞台でプロモートする効果的な手段であった」と回答。シノペックはコメントを拒否、CCTVとアブダビ・メディアからは返答が来ていない。
国際陸連のようなスポーツ団体は、マーケティングや放映権の管理、スポンサー探しといったノウハウがなく、電通などの広告代理店に業務を委託している。
広告業界で世界第5位の電通にとって、大型スポーツイベントのマーケティングは企業戦略の柱となるビジネスだ。広報活動や市場調査、世論調査も手掛ける電通は、2020年の夏季五輪・パラリンピック東京大会の誘致活動も助言するとともに、マーケティング代理店として協力し、日本国内のスポンサーからは31億ドル(約3300億円)の協賛金が集まった。
電通は安倍晋三首相が率いる与党、自民党とも緊密な関係を保っており、安倍首相の妻、昭恵夫人はかつて電通に勤務したことがある。同党の広報責任者も同様だ。
<「完全に一体化している」>
電通はスイスのスポーツマーケティング会社、インターナショナル・スポーツ・アンド・レジャー(ISL)が2001年に経営破たんしたことを受け、国際陸連の世界的なマーケティング権と放映権の大半を取得した。電通はその後、ISLの元社員が新たに設立したAMSを国際陸連との契約業務を取り扱うパートナーとした。
電通とAMSに資本関係はないが、国際陸連の弁護士リージス・ベルゴンジーが2017年7月にバン・リュインベック判事に提出した書面によると、電通の中村潔執行役員は2016年11月に東京で行われた会議で、両社は「完全に一体化している」と述べた。同じ会議で中村氏は、国際陸連の当時の最高経営責任者(CEO)オリビエ・ガーズ氏に「AMSは電通だ」とも語っている。この書面は、同弁護士が仏当局に提出した資料の一部で、ロイターが閲覧した起訴状の中で言及されている。
ロイターの問い合わせに対し、電通の河南氏は、そうした発言を中村氏がしたことはないと否定する一方、電通とAMSは「ビジネス上の付き合いがある」と語った。ベルゴンジー氏はロイターに国際陸連へ連絡するよう求めたが、陸連はこの件についてはコメントしなかった。
AMSは電通とのパートナーシップの一環として、一部地域における国際陸連の放映権やマーケティング権を取得するようになった。起訴状によると、AMSは2007年ごろから、いくつかの市場における権利をディアク前会長の息子パパマッサタ氏に移譲、同氏はロシアやアジア、中東におけるマーケティングや放映の契約を結んで数百万ドルを稼いだが、その多くはAMSからのコミッションだった。
一方、起訴状によると、パパマッサタ氏は自分の会社であるパモジ・スポーツ・コンサルティング社を通じてこうした取引を行う一方、国際陸連のマーケティング・コンサルタントとしても支払いを受けていた。
同氏が最大の報酬を得たのは、VTB銀行の代理となっていたロシアのスポーツマーケティング企業、スポルティマ社との間で、同行が2007年から2011年まで国際陸連のイベントをスポンサーするという3000万ドルに上る契約を仲介したときだ。起訴状では、フランス当局が契約内容を分析した結果として、同氏がこれによって約1000万ドルを手に入れたとしている。
VTBはロイターに対する声明の中で、同社が支払った資金を「受領した側」がどう使うかについては、何らコントロールできる立場になかったと述べた。スポルティマはロイターの要請に対し、秘密保持契約があり、コメントできないと回答した。
起訴状にある取引や通信の記録によると、パパマサッタ氏は契約上、AMSが受け取ることになっていた資金の支払いを遅延させ、全額を支払わなかった可能性がある。AMSの資金の大半が電通に渡るため、こうした支払いの遅延や不足は国際陸連が電通との契約で受け取る資金を減少させる可能性があった。電通と陸連との間では電通の収入が一定水準を超えた場合に利益を分配する契約があった。
パパマッサタ氏が在住しているセネガルは、フランス当局が求めている同氏の身柄引き渡し請求と銀行口座の記録提供を拒否している。パパマッサタ氏は今年8月8日、ロイターにメールと電話で回答し、フランス当局による捜査を「認めない」と述べた。
同氏はメールで、「セネガル人は賢くて意志が強いことで知られている。捜査は失敗するに決まっている!!!」と書いている。その一方、自身に対するセネガル当局の捜査には全面協力していると語った。
セネガル司法省のスポークスマンはフランス当局との協力についてロイターの質問には答えていない。
父親のラミン氏も息子と同様、一貫して不正を否定している。同氏は現在、パリで自宅軟禁の措置を受けている。同氏の弁護士はロイターからの問い合わせには答えていない。
<「陸連の手が縛られた」>
電通と国際陸連は2014年9月、16年間会長を務めてきたラミン氏の任期が終わる1年前に契約を更新した。これによって、陸連のマーケティング権、放映権に対する電通のコントロールが2029年まで延長されるとともに、息子のパパマッサタ氏に利益をもたらす状況が維持される結果となった、と起訴状は指摘している。
「ラミン・ディアクは、こうして退任前にシステムを存続させた」と起訴状は指摘。「(それによって)その後の15年間、国際陸連の手が縛られることになった」。
国際陸連の広報担当者ニコール・ジェフリー氏は、ロイターの問い合わせに対し、セバスチャン・コー新会長のもとで統治体制を改革したと回答。国際陸連は被害者であり、賠償を請求することも可能で、フランス検察当局に捜査を委ねるとした。
フランスのバン・リュインベック判事は今年6月に国際陸連のガバナンスとロシアによるドーピング疑惑に焦点を当てた第一段階の捜査を終了した。ディアク父子は汚職、マネーロンダリング、横領などの背任の罪で起訴された。
他の4人―国際陸連の反ドーピング部門の前責任者であるガブリエル・ドーレ、前財務責任者のバレンティン・バラクニチェフ氏、ロシアの長距離走コーチのアレクセイ・メルニコフ氏、そしてラミン・ディアク氏の前法律顧問のハビブ・シッス氏―も同様に汚職の罪で起訴された。
バラクニチェフ氏は「起訴された罪を私が犯したとは考えていない」と指摘。メルニコフ氏はコメント要請には回答していない。シッス氏とドーレ氏の弁護士も同様に返答してない。ドーレ氏は有罪を認める見返りとして優遇措置を求めている。公判の日時はまだ決まっていない。
<東京五輪巡る汚職も捜査>
バン・リュインベック判事はすでに退任している。捜査に詳しい関係者によると、後任のベネディクト・ドゥ・ペルツィ判事が五輪と世界陸上の招致に絡む贈収賄疑惑を調べている。シンガポールのコンサルタント、タン・トン・ハン氏に東京の招致委員会が2013年に支払った230万ドルを承認した同委前理事長の竹田恒和氏(当時はIOC委員と日本オリンピック委員会=JOC=会長を兼務)も捜査対象に含まれている。
フランス当局は、タン氏がディアク前会長に働きかけるため、息子のパパマッサタ氏に金を渡したかどうかを捜査している。ディアク前会長は東京五輪の開催が決まった2013年9月当時、IOCの委員を務めており、アフリカからの他の委員に対し影響力を持っていると思われていた。
JOCが設立した第三者委員会はこの汚職疑惑を検証し、2016年に報告書を公表した。その中で同委員会は、招致活動に関わった人々からのヒアリングに基づき、竹田氏がタン氏との(コンサルタント)契約を承認した理由の一つは電通から推薦を受けたことだった、と指摘した。
電通は、当時、同委員会からのアドバイス要請があり、タン氏を含む複数のコンサルタントについての情報を提供した、としている。
竹田氏は会見で謝罪し、IOC委員も辞任したが、疑いについては潔白を主張している。
タン氏はロイターへのコメントを拒否した。
(Nathan Layne in New York, Gabrielle Tetrault-Farber in Paris; additional reporting by Antoni Slodkowski, Mari Saito and Chris Gallagher in Tokyo, Emmanuel Jarry and Simon Carraud in Paris, John Miller in Lucerne, Michael Shields in Zurich, Aradhana Aravindan in Singapore, Edward McAllister in Dakar, Ghaida Ghantous in Dubai and Liangping Gao in Beijing) 
(日本語版翻訳編集:北松克朗、久保信博、武藤邦子)

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