コラム:米国の独善、ドル劣化と円高招くか=宇野大介氏

コラム:米国の独善、ドル劣化と円高招くか=宇野大介氏
 4月23日、三井住友銀行チーフストラテジストの宇野大介氏は、覇権国としての米国の凋落とともに、ドルの劣化も進む可能性が高いと指摘。写真は日米首脳会談後、安倍首相と共同記者会見を行ったトランプ米大統領。米フロリダ州パームビーチで4月撮影(2018年 ロイター/Joe Skipper)
宇野大介 三井住友銀行 チーフストラテジスト
[東京 23日] - 今回の米中通商戦争は、米国一極(G1)から米中二極(G2)、あるいは20カ国・地域(G20)体制へのパワーバランスの過渡期において発生した。中国も当初は、「売られた喧嘩は買う」という姿勢を前面に押し出していたが、その後は拳を振り上げたままの米国とは対照的に、無駄な消耗戦に自ら終止符を打とうとしているように見受けられる。
習近平国家主席は最近、大人の対応を示している。10日には中国海南省博鰲(ボアオ)で開催された国際経済会議「ボアオ・アジアフォーラム」で演説し、自動車を含む一部輸入関税の年内引き下げや知的財産権の保護強化に言及。報道によれば、「開放か閉鎖か、前進か後退か。人類は新たな重大な岐路に直面している」(産経ニュース10日付)と語ったという。
中国のリーダーにかくも大上段から市場開放の重要性を言われてもイメージは全く湧かないが、自由貿易の旗手たる米国の役回りを代わりに演じるそぶりを見せていることは、それはそれで覇権国・米国の凋落ぶりを物語っていると言えそうだ。
<ドルの劣化を示す2つの変化>
これまで唯一無二の基軸通貨として価値基準および決済手段、価値保蔵において重要な役割を果たしてきたドルについても、今後は「劣化」が進む可能性が高い。
「劣化」の分かりやすい例は、財政だ。1998会計年度(1997年10月から1998年9月)から2001会計年度(2000年10月から2001年9月)までは財政黒字を達成したことがあるなど、主要国の中ではそれなりに優等生だったはずの米国が今、財政面でも信用を失おうとしている。トランプ政権が昨年末、金融ショックも戦争も起きていない平時にもかかわらず(また財源すらないのに)、大衆受けする減税政策の実施を決めたためだ。
米議会予算局(CBO)による直近4月の試算では、2018会計年度(2017年10月から2018年9月)の財政赤字は8040億ドルと、昨年6月時点の予想5630億ドルより大幅に拡大する見通しだ。2019会計年度(2018年10月から2019年9月)の財政赤字見通しも6890億ドルから9810億ドルに拡大。また、2020会計年度(2019年10月から2020年9月)には、2年前倒しで大台の1兆ドルを突破する公算だという。
これは、ドルの価値に対する大きな下方圧力となる。そもそも国債の消化がほぼ国内で完結している日本とは異なり、米国は中国や日本などの諸外国に財政のファンディングを依存している。こうした構造を顧みないかのような財政運営は、悪い金利上昇を通じたドル売りの経路を作り出すことになろう。
ドルの「劣化」を示す事象は他にもある。例えば、各国保有の外貨準備高におけるドル比率の低下だ。国際通貨基金(IMF)によれば、2000年当時、外貨準備全体に占めるドル比率は71.0%だったが、2010年にはこれが61.3%まで低下している(ユーロは18.4%から26.9%へ上昇、円は6.1%から3.6%へ低下)。
その後、多少の浮き沈みはあるが、2017年第4・四半期のデータでは、ドルは62.7%、ユーロは20.2%、円は4.9%となっている。世界の外貨準備高は約10兆ドル。10%の地盤沈下は決して小さくない。
<1ドル100円割れリスクも>
それにしても、こうしたドルの劣化を招いている覇権国・米国の凋落はいつごろから加速したのか。一部には、2000年代初頭のITバブル崩壊や2008年のリーマン・ショック以降、鮮明化したとの見方もあるが、筆者は、2001年9月11日の米同時多発攻撃が大きな契機となったのではないかと考えている。
当時のブッシュ政権は英ブレア政権とともに、国連安保理の決議プロセスを無視してイラク攻撃に踏み切った。戦後世界のルールを定めてきた米国が自らそのルールをあからさまに破った最初のケースだろう。トランプ大統領が掲げる「米国第一主義」の源流は、このブッシュ政権時の単独行動主義(ユニラテラリズム)に求められると思う。
そのユニラテラリズム路線をひた走るトランプ大統領にとって目下最大の関心事は、11月の中間選挙に勝利することだろう。国益や、特定産業にとって好都合なニンジンをぶら下げ、自分(自国)の目的達成のために独善的に動いている。こうした状態になると、矛盾したものでさえも良しとしてしまう刹那的な言動が日常茶飯事となる。
安全保障という御旗を掲げて始めた輸入制限(保護主義的通商政策)だったが、各種産業がそれぞれの重層的なグローバル展開の中で相互に組み込まれているため、部品・素材・食料といった小さな単位のものでも、それが最終財として完成する過程で米国企業が損失を被るリスクがある。そして、米国家庭の食生活をも直撃するというところまで、当初の段階では想像力が働かなかったのだろう。
すると今度は平気で北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉や環太平洋連携協定(TPP)復帰検討などと、真逆の地域交易圏推進を口走っては、否定したりする。一貫性がないという意味では一貫性はあるが、他国から見れば支離滅裂だ。
こうした米国政治の独善性を考えれば、11月の米中間選挙に向けて、トランプ大統領が、巨額の赤字を計上している貿易相手国の中から聞き分けの良い国を抽出し、攻撃を仕掛けてくるリスクは時間の経過とともに高まるものと推測される。そして、安全保障面で事実上、米国の庇護下にある状況を考えると、日本がその聞き分けの良い国となる公算は大きい。従って、中間選挙に向けて円高圧力が高まる可能性には一層の警戒が必要だろう。
ただでさえ、米中通商摩擦や中東を巡る米ロの対立、あるいは北朝鮮情勢の行方など、潜在的な円高材料には事欠かない。ドル円相場は年末に向けて100円、場合によっては2桁台への円高進行リスクを大きく見積もっておくべきだと考える。
*宇野大介氏は、三井住友銀行のチーフストラテジスト。1990年3月慶應義塾大学経済学部卒業後、同年4月住友銀行(現三井住友銀行)入行。1991年から市場分析・相場予想に携わる。
*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。
(編集:麻生祐司)
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