焦点:政府が70歳定年へ効果試算、75歳も視野 にじむ年金改革の思惑

焦点:政府が70歳定年へ効果試算、75歳も視野 にじむ年金改革の思惑
 2月8日、政府のマクロ経済運営の基本方針を議論する経済財政諮問会議で、定年年齢を70歳まで引き上げた場合の経済効果に関する議論が始まった。写真は巣鴨で体操をする高齢者。2017年9月撮影(2019年 ロイター/Toru Hanai)
[東京 8日 ロイター] - 政府のマクロ経済運営の基本方針を議論する経済財政諮問会議で、定年年齢を70歳まで引き上げた場合の経済効果に関する議論が始まった。就業者は217万人増、消費が4兆円増加し、社会保険料収入も2兆円超増加という「明るい未来」を描いた試算が提示された。
しかし、企業側からは早速、人件費増への強い懸念が示されたほか、民間エコノミストからは、定年延長による社会保障会計改善の意図が透けて見えるとの指摘もあり、法制化までは紆余曲折が予想される。とはいえ、政府には将来的に75歳まで定年を引き上げるシナリオもあり、今後、「超高齢化社会」をどのように形づくっていくのか、様々な意見が飛び交いそうだ。
<定年延長、社会保障制度維持やデフレ脱却効果を強調>
1月30日に開催された経済財政諮問会議に提出されたのは、65歳を過ぎて69歳まで働く高齢者が増えたケースでの試算結果だった。
就業率が現状の60歳台前半並みに上昇した場合、就業者が217万人増、消費は4.1兆円増、公的年金の保険料収入は2.2兆円増となるとのデータが、民間議員らから提出された。
安倍首相は昨年10月5日の「未来投資会議」で、雇用年齢の延長の検討開始を指示した。
その次の同会議では、70─74歳までの男性の就業率が、現状の32%から84%まで引き上げ可能との試算が提示され、議論の対象になった。複数の政府関係者によると、政府はすでに75歳までの雇用年齢引き上げを念頭に、将来の具体的なシナリオの検討を始めているという。
こうした「未来投資会議」での議論を踏まえ、諮問会議で定年年齢の引き上げを法制化するための議論が、本格的に始まったとみられる。
経済財政諮問会議の民間議員の1人である柳川範之・東京大学大学院教授は「働き方や何歳まで働くかを自由に選べる中で、社会保障の支え手を拡大させることが重要」だと、1月30日の諮問会議で発言した。
同じ民間議員の竹森俊平・慶應義塾大学教授も「今まで年金生活だった人が、自分の給料で消費ができるようになるのも、消費にはプラスだ。消費の回復が実現した時に初めて、デフレからの脱却が完成する」と述べていた。
<年金財政改善のシナリオありき>
もっとも、これらの試算が「楽観的過ぎ、恣意(しい)的過ぎる」との指摘も、民間の専門家から浮上している。
第一生命経済研究所・首席エコノミストの熊野英生氏は、60代後半の高齢者の就業率が70%まで高まっているのは、年金が一部カットされる制度が導入されて、収入への不安が高いためと分析。生活の必要に迫られない限り、就業率は年齢とともに低下していくのが自然だとみる。
「現状で47%程度という60代後半の就業率が70%まで高まるには、年金削減の程度が一段と厳しくなるなど、制度変更がない限り難しいのではないか」と指摘する。
実際、内閣府が2017年に実施した「高齢者の健康に関する調査」によると、働き続ける理由について、6割が「収入のため」と回答。生きがいや健康などの目的よりも、生活費の補てんを理由にしている人が圧倒的に多い。
そのうえで熊野氏は、消費増税を10%までで頭打ちにしても社会保障会計を改善させるには、定年延長が効果的であることをデータで実証することが狙いだとみている。
政府関係者の1人は「現状で65歳の定年年齢を引き上げることこそが、負担と給付の改善につながることは明らかだ」と、年金財政の立て直し効果を強調する。
定年年齢を引き上げれば年金保険料を支払う期間が長くなる一方で、年金給付を受ける期間は短縮され、同時に対象となる高齢者人口も少なくなる構図になるからだ。
<産業界は賛否両論>
しかし、高齢者を雇用する企業からみれば、メリットとデメリットの両方が意識され、そう簡単に応じられない事情もある。
経団連の中西宏明会長は「従来の(定年年齢の)65歳までの考え方をそのまま延長するのではなく、非常にフレキシブルなものにしていくことが大事」だと表明。「いきなり法制うんぬんという話に入る前に、しっかり議論させていただきたい」(18年10月22日の未来投資会議)と慎重な態度を示した。
ロイターが17年7月に実施したロイター企業調査では、65歳超に定年年齢延長を検討するとの回答は6%にすぎなかった。「長期雇用で人件費が負担」、「高齢化に伴う生産性低下」などのデメリットを挙げる企業があった。
一方で、定年延長のメリットとして「技術ノウハウ継承」「人手不足緩和」「再教育コストの削減」を強く認識している企業もある。
70歳までの継続雇用を打ち出した企業の1つであるすかいらーくホルディングス<3197.T>では、19年1月からパート従業員の定年を70歳に延長した。
生保業界でも太陽生命が70歳までの継続雇用制度を導入し、従業員が高い意欲を持って働けることで生産性の向上を狙っている。
柳川教授は、こうした動きが加速するには、高齢者が単に生活のために継続雇用を選択するだけでなく、新たなスキルを身に着けられるよう、企業側が能力開発などの環境整備を早急に進める必要があると指摘している。

中川泉 編集:田巻一彦  

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