焦点:動き出す放送法改正、政府は公平規制緩和に意欲

焦点:動き出す放送法改正、政府は公平規制緩和に意欲
 3月26日、安倍晋三首相の肝いりである放送規制改革を巡る議論が本格化している。写真は東京スカイツリー。都内で2016年8月撮影(2018年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)
[東京 26日 ロイター] - 安倍晋三首相の肝いりである放送規制改革を巡る議論が本格化している。焦点は政治的公平などを定めた放送法4条撤廃の有無。官邸サイドの撤廃方針に対して、放送業界や監督官庁の総務省は、慎重スタンスを崩していない。官邸は通信(インターネット)と放送の融合を進めるにあたり、規制のレベルを比較的自由なネットに合わせたい意向だが、放送関係者からは、放送の信頼性が揺らぎかねないと危惧する声も出ている。
<コンテンツ強化狙う>
「私は以前、AbemaTVに出演したが、ネットテレビは視聴者の目線に立てば、地上波と全く変わらない。技術革新によって通信と放送の垣根がなくなる中、国民共有財産である電波を有効活用するため、放送事業のあり方の大胆な見直しが必要だ」――。安倍首相は2月6日の衆院予算委員会でこう述べ、放送改革に対する強い決意を示した。
安倍首相が出演したAbemaTVはサイバーエージェント <4751.T>が運営するネットテレビ局で、2016年4月に開局した。月間アクティブユーザーは約1000万人。
ニュースやドラマ、アニメ、バラエティなどを地上波テレビ局と同じように編成しているのが特徴で、配信手法の違いを除けば、見た目はほとんど地上波テレビと変わらない。
政府関係者によると、今回の改革方針には通信(ネット)と放送とで異なる規制の一本化やそれに伴う放送法4条の撤廃、放送のハード・ソフト分離、放送の著作権処理の仕組みのネットへの導入などが盛り込まれている。
改革の背景にあるのが、世界規模で進む通信と放送の融合という大きな流れと、日本のコンテンツ産業に対する危機感だ。
政府の規制改革推進会議(議長:大田弘子政策研究大学院大学教授)は、5月にも取りまとめる答申にこれらの改革方針を盛り込みたい意向。だが、どこまで盛り込めるかはこれからの議論次第の側面も強く、まだ流動的となっている。
<ハード・ソフト分離>
日本の地上波テレビ局は米国などとは違い、放送設備部門と番組制作部門が一体化しており「番組を作れば、必ず放送される状況にある」(関係者)。改革推進派はこの競争原理が働きにくい状況を問題視しており、放送設備などのハードとコンテンツ制作のソフトを分離することで、コンテンツに競争原理を導入したい考えだ。
「ネットフリックスなどネット動画がどんどん成長する中で、日本の放送局の伸びはわずかだ。日本の放送コンテンツ産業は成長余地が大きく、日本の強みとして海外にも売り込みたい」(政府関係者)。
これに対して 日本民間放送連盟の井上弘会長(TBSテレビ名誉会長)は15日の会見で「民間放送が普通のコンテンツ制作会社となってしまったら、字幕放送や手話放送、災害放送や有事の際の放送はできなくなるのではないか」と懸念を示している。
<放送法4条撤廃>
通信と放送の融合を進める際、規制をどちらにそろえるかも問題となる。安倍首相は2月6日の予算委員会で「ネットは自由な世界であり、その自由な世界に規制を持ち込むという考え方は全くない。であるならば、放送法をどうするかという問題意識を持っている」と述べ、放送法の規制緩和に積極的なスタンスを示した。
そこで焦点となるのが、官邸サイドが検討している放送法4条の撤廃だ。4条では放送内容の政治的公平や多角的視点を求めており、放送の信頼性を構成する1つの要素となっているとの見方が多い。
一方でネットにはこうした規制がなく、フェイク(偽)ニュースが生まれやすいという土壌がある。
野田聖子総務相は、22日の衆院総務委員会で4条について「撤廃した場合には公序良俗を害するような番組や事実に基づかない報道が増加する等の可能性が考えられる」と述べ、撤廃に慎重な姿勢を示した。
民放連の井上会長も15日の会見で「フェイクニュースへの対応が世界的に共通の社会問題になってきた昨今、バランスの取れた情報を無料で送り続ける放送の役割は、これまで以上に重要になっている」と語り、改革ありきの議論に疑問を呈した。
これに対して改革推進派は「4条があるから放送の信頼性が保たれていると言うが、新聞は4条がなくても信頼度は高い。信頼性は4条の有無で決まるものではなく、しっかりと取材をして書いているかどうかに尽きる」(政府関係者)と反論している。
<権力の介入危惧>
この問題を国会でも取り上げた奥野総一郎衆院議員(希望の党)は、放送法の規制レベルをネットに合わせたときの問題点について「ネットに合わせて規制を比較的自由にしたときに、権力が放送内容に対して口出ししてくることも考えられる」と指摘した。
現在は放送法3条で放送内容に対する外部の介入を禁じている。
一足先に政治的公平規制「フェアネス・ドクトリン」が撤廃された米国では、トランプ大統領が一部の放送局を「フェイクだ」と攻撃。メディアの政治色の偏りなどを背景に、社会の分断が強まっている。
ペンシルベニア大学アネンバーグ・コミュニケーション・スクールのビクター・ピッカード准教授は、米国の状況について「政治的なバランスや公益を守ることを約束させるセーフガードがなくなって、メディアはより市場原理に影響されやすくなり、結果として極端な議論、センセーショナリズムに支配されてしまった」と指摘。「米国の経験を教訓として、日本は警戒感を持つべきだ」と忠告した。
元NHKプロデューサーで武蔵大学の永田浩三教授も「戦争中、放送が旗振り役を担ったという歴史がある。放送法は国民の表現の自由を最大限生かしながら健全な民主主義の発達を支えるもので、その歴史の流れを無視して4条だけをいじるのは全体を見ない議論だ」と批判した。
<安倍首相のけん制か>
複数の関係者の間では、今回の改革方針は、憲法改正をテレビに邪魔されないための安倍首相のけん制ではないかとの観測も出ている。テレビ局は国から電波の割り当てを受け、放送事業を営んでいる。認可を取り消されると放送事業を継続できなくなるため、そうした事態を連想させることで、テレビ局をけん制しようという見立てだ。
これに対して改革推進派は「改革はあくまで通信と放送の融合とコンテンツ産業の強化が目的で、政治的なものではない」(政府関係者)と指摘。
「電波の有効活用ということでこの議論をはじめたのは確かだが、放送から電波を取り上げようとは誰も言っていない。将来像についても、すでにそのレールが敷かれているわけではない」と強調している。
昨年、規制改革推進会議は電波の利用権を競争入札にかける「電波オークション」導入を議論したが、「検討継続」となり、事実上、結論が先送りされた過去がある。政府内の温度差が大きい中で、どこまで改革に踏み込めるかはまだ不透明だ。

志田義寧 取材協力:安藤律子 編集:田巻一彦

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