コラム:原油発「セル・イン・メイ」の予感=岩下真理氏

コラム:原油発「セル・イン・メイ」の予感=岩下真理氏
 4月20日、大和証券チーフマーケットエコノミストの岩下真理氏は、今年は投機筋の買いポジションが極端に積み上がっている原油先物で、相場格言の「セル・イン・メイ(5月に売り抜けろ)」に倣った波乱が起きるかもしれないと指摘。写真は英ロンドンで2016年10月撮影(2018年 ロイター/Stefan Wermuth)
岩下真理 大和証券 チーフマーケットエコノミスト
[東京 20日] - 国際通貨基金(IMF)は17日公表した世界経済見通しで、2018年と2019年の世界成長率予想を1月時点と同じプラス3.9%に据え置いた。
2018年に入り各国のマインド指標が弱り始め、世界経済の成長ペースが鈍化したとの見方に比べると、2017年実績プラス3.8%よりも成長率は若干加速し、向こう2年間も4%近辺を維持できるという楽観的な見通しだ。
ただし、数四半期先には下振れリスクが上回るとも記されている。具体的な下振れリスクとして、1)金融の急激な引き締め、2)貿易面での緊張の高まり、3)地政学リスク、などが挙げられた。
米国では減税実施に加えインフラ投資期待もあり、経済が失速していく姿は描き難い。それでも3月20―21日開催の米連邦公開市場委員会(FOMC)議事録では、「報復合戦となれば、経済の下振れリスクになる」と明記され、ボードメンバーが米国経済への影響を警戒し始めたことが示された。
上記2番目の下振れリスクに該当する米中貿易摩擦については、米国の主目的は知的財産権の保護にあり、この交渉は長期戦の構えだ。実際に米通商法301条に基づく制裁を発動するまでに、60日間の時間的猶予が与えられている。
10日には習近平国家主席が国内市場の開放、輸入拡大、関税引き下げ、知的財産の保護などを打ち出す大人の対応を見せ、貿易戦争の危機感はトーンダウンした。今後は時間をかけて妥協点を模索していくと見込まれる。
その一方で、18日発表の地区連銀経済報告(ベージュブック)では、「関税」という言葉が36回も使われ、見通しへの懸念材料として言及された。具体的には、鉄鋼価格の上昇(一部で急騰)に加えて、建設資材や輸送費の上昇も報告され、実際に物価上昇という形で影響が出始めている。この動きが短期的なものか、持続するものか判断するにはまだ材料不足だ。
パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長は当面シナリオに沿った経済・物価動向であれば、淡々と利上げを進めると筆者はみている。今後も緩やかな賃金上昇の動きが確認できれば、6月の追加利上げだけでなく、年4回以上(3月FOMC時の政策金利見通し「ドット・チャート」では15人中7人)の利上げの可能性は高まっていくだろう。
目先は27日発表の1―3月期雇用コスト指数(賃金の先行指標)が重要だ。ただし、今年の米国の利上げが、IMFが指摘した1番目の下振れリスク(金融の急激な引き締め)であれば、いずれは来年の利上げのペースダウンにつながる可能性が出てくるだろう。米株式市場は目先、米10年債金利の3%超えを警戒するかもしれないが、現在の長短スプレッドの動きからも、3%超え後の金利急上昇は考え難い。
<非鉄金属より原油相場に警戒必要>
他方、13日の米英仏によるシリア攻撃も1回限りと宣言されており、泥沼化する最悪事態は回避されたようにみえる。しかし、ロシア制裁に伴う思惑から、アルミニウム、パラジウム、ニッケルなどの非鉄金属が18日急騰した。
筆者は、世界経済の体温計として、非鉄金属相場の動向を重視しているが、今回の動きはやや局所的な上昇と受け止めている。それよりも気になるのは原油価格の動きだ。
シリア情勢の緊迫化で上昇した後も、値崩れしていない。その背景には、世界的な原油需要の緩やかな増加に対し、供給面ではサウジアラビアが協調減産を維持する意向にあること、イラン制裁再開の可能性を警戒した供給減少観測などがあるようだ。
米政府が議会に対イラン制裁再開の是非を報告する期限が5月12日となっている、トランプ政権の中枢に対イラン強硬派が増えたこともあり、制裁再開との読みが働きやすい。
もう少し長い目でみた投資戦略として、昨秋からヘッジファンドの一部が、コモディティー投資(原油から非鉄金属まで)のウエートを引き上げているとの話が聞こえてきた。その根拠は、景気後退に近づく回復局面後期に商品相場が大きく上昇するというものだ。
2007年から2008年夏にかけての原油相場の急上昇を彷彿(ほうふつ)させる動きとなりかねない。筆者はここ数年、WTIベースで1バレル当たり40ドルから60ドル程度が居心地の良い水準とみていたが、投機資金の流れが加速すれば、70ドル超えも十分にあり得ると今年初めに見方を変えた。そして、今まさに70ドルを実現しようとしている。
ただ、注意すべきは投機筋の原油先物の買いポジションが極端に積み上がっていることだ(米商品先物取引委員会=CFTC報告は4月10日週で70.7万枚)。価格乱高下リスクには備えておきたい。今年の「セル・イン・メイ(5月に売り抜けろ)」は、原油発となるかもしれない。
<描けぬインフレ加速シナリオ>
日米欧の中央銀行にとっても、今後の原油価格は重要な鍵を握る。2014年夏から2016年春にかけての原油安は、米国ではエネルギー産業による設備投資減少の下押し圧力が、ガソリン安の個人消費押し上げをはるかに上回り、成長率の押し下げに働いた。
足元の原油じり高は、減税効果などで相殺され、資源関連の設備投資は復調傾向にある。その一方で、米景気の回復長期化のもと個人消費の下押しにどの程度作用するか(減税効果を削ぐか)、考える必要があろう。
日本では、20日発表された3月の全国消費者物価指数(生鮮食品を除く、コアCPI)が前年比プラス0.9%(2月同1.0%)と予想通り前月から伸び率が鈍化した。今回は、携帯電話機のプラス寄与度が0.09%高く、昨年の落ち込みが一番大きいところの反動が出た。
都区部と同様、宿泊料の変動が2―3月のサービス価格の振れの主因と考えられる(春節需要で2月に一時的に伸び加速)。スーパーの販売データを利用した「日経CPINow」(旧・東大日次物価指数)や食品・日用品を中心にカバーしている「SRI一橋大学消費者購買単価指数)」で、ごく足元までのインフレの動きを確認すると、ゼロ近傍での推移が続いている。
3月短観や生活意識に関するアンケート調査などでも、企業や家計の物価観に顕著な変化はみられなかった。基調的な物価指数(生鮮食品・エネルギーを除く、コアコアCPI)の伸びが十分に1%を上回るまでには、なお相応の時間がかかりそうだ。
26―27日開催の日銀金融政策決定会合では従来通り、片岡剛士審議委員が反対票を入れ、8対1での現状維持を予想する。市場では、若田部昌澄副総裁の言動に関心が高いが、審議委員と執行部の副総裁では明確に立場が異なる。最初の会合で副総裁が異を唱えることはないとみる。日銀は緩和のストック効果を踏まえて、当面は様子見となろう。
秋口までコアCPIは1%前後の動きが続こうが、その後に上昇が加速する姿は描けない。4月展望レポートでは、物価目標達成時期の「2019年度ごろ」を据え置くとみるが、願望の数字だ。声明文にある国債買い入れペース年間「約80兆円めど」の文言削除は、政策微修正の第一歩となろうがまだ先だろう。緩和長期化による副作用に配慮し、市場へのサプライズにならぬように、政策微修正の地ならしを秋口以降、模索していくと予想する。
*岩下真理氏は、大和証券のチーフマーケットエコノミスト。三井住友銀行の市場部門で15年間、日本経済、円金利担当のエコノミストを経験。2006年1月から証券会社に出向。大和証券SMBC、SMBC日興証券、SMBCフレンド証券を経て、18年1月より現職。
*本稿は、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいています。
(編集:麻生祐司)
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