コラム:金融株の「ブラックスワン」、マネロン200兆円の闇=大槻奈那氏

コラム:金融株の「ブラックスワン」、マネロン200兆円の闇=大槻奈那氏
 12月27日、市場が予想することが難しいだけに、資金洗浄(マネーロンダリング)の摘発は株価への影響が大きく、意外な「ブラックスワン」となる可能性も否定できない、とマネックス大槻奈那氏は指摘する。2017年撮影(2018年 ロイター/Thomas White)
大槻奈那 マネックス証券 執行役員チーフ・アナリスト
[東京 27日] - クリスマス直前の21日、ドイツ銀行の株価が過去最安値をつけた。同銀の株価純資産倍率は0.23倍と、清算価値を大幅に割り込んでいる。世界的な株安と連動した面もあるが、もう1つの要因は資金洗浄(マネーロンダリング)の摘発である。
11月末、ドイツ銀行に総勢170人もの警察官や検察官、税務調査官らが家宅捜索に入った。著名人や政治家の税逃れの実態を明らかにした「パナマ文書」絡みのマネロン事件への関与した疑いがあるという。次いで米投資銀ゴールドマン・サックスも、マレーシアの政府系投資会社1マレーシア・デベロップメント(1MDB)事件への汚職・資金洗浄疑惑捜査に関連した証券関連法違反の疑いで刑事訴追された。いずれも、株価が急落した。
今年は、こうした世界のトップ金融機関を巻き込んだマネロン疑惑が連発している。9月には、デンマーク最大手銀ダンスケ銀行のマネロン疑惑が連日報じられた。同行のエストニア支店などを通じた、過去8年間で最大2000億ユーロ(約25兆円)に上るマネロン疑惑が浮上している。
過去最大のマネロン事件は、1991年に倒産した英国のBCCI(国際商業信用銀行)で、洗浄総額は200億ドルとされていたが、この疑惑が事実だとすればこれを上回る史上最大規模となる。
国連などの試算によると、世界で洗浄されている資金は、世界国内総生産(GDP)の2─5%、つまり年間200兆円規模に上る。資金の流れを断つことができれば、多くの犯罪を防止できる。「防波堤」としての金融機関の役割は大きいはずだが、うまく機能していないのが現実だ。
<対策の遅れが目立つ邦銀、来年が試金石>
日本はどうだろうか。「疑わしい取引」の報告件数は年間40万件、実際に摘発された事例も350件と、過去10年で倍増した。しかしいずれも規模が小さく、金融機関の関与はまれだ。とはいえ、邦銀ではマネロン対策が進んでいる、と素直に受け取ることは難しい。むしろ、日本におけるマネロン対策に対する世界的な評価は極めて低い。
「マネロン天国」などという汚名を着せられこともある日本は、国際的な資金洗浄対策を目的に設立された金融活動作業部会(FATF)から不備を指摘され続けている。
08年10月に示された第3次対日審査では、取引相手の法人を誰が実質的に支配しているかを十分確認できていないなど49項目中25項目が要改善という厳しい内容となった。さらに、14年に開かれたFATFの定期会合では、異例の名指しで日本の対策不備が指摘された。
そんな折、来年にはFATF第4次審査団が来日する。これまでの法整備が、各銀行で実際どの程度有効に運用されているか審査される予定だ。邦銀もようやく本気を出して、IT化や現金による海外送金の取り止めなど、さまざまな施策を打ち始めている。
それでも、欧米に比べると日本の遅れが目立つのはなぜだろうか。1つには、どうしてもテロが遠い国の出来事に感じられることが挙げられる。テロ対策によって手続きの不便さを強いられることに、なかなか国民の納得が得にくい。
もう1つは、現金社会という点も挙げられる。実際、送金も多額の現金を経由する例が少なくない。顧客サービスを優先するあまり、1日の送金上限額なども高めだ。欧米のATMでは100万円を超える現金引き出しなどあり得ない。「振り込め詐欺」の被害金額が1回平均で300万円以上と、米国の類似詐欺「グランドペアレント・スキャム(祖父母詐欺)」より桁違いに大きいのも、こうした現金取り扱いを巡る違いのせいだ。
さらに厄介なのは、言語の違いだ。日本では、外国人も口座をカタカナ表記で作成できる。アルファベットが正式名称であれば、いわゆる「仮名」口座の作成は簡単だ。世界の「ブラックリスト」に掲載されている名前は当然アルファベット表記であるため、二重三重にチェックをしても、他国に比べて検知するための難易度が高い。
政府方針では今後、外国人労働者受け入れ促進のため、彼らの銀行口座開設を容易にするという。チェックの手間は格段に増え、その分、抜け道も増える可能性がある。
<マネロンは金融株の「ブラックスワン」>
もし日本が来年のFATF審査にパスしなければどうなるだろうか。FATFに法的制約はないが、各国のマネロン対策が厳しくなる中で、外銀が邦銀経由の送金を受けにくくなる可能性がある。受け入れを制限する外銀が出てくるリスクも否定できない。また、マネロン対策が甘い国だと改めて認定されてしまうことで、犯罪組織に狙われる可能性もある。
FATFが設立された30年前の報告書では、世界のマネロン金額は850億ドルと推定されていた。この数字が正しければ、FATFが設立されて以降、マネロンは根絶されるどころか、20倍に膨張したことになる。名誉回復のため、FATFも各国当局も一層対応を厳しくする可能性がある。
市場が予想することが難しいイベントだけに、マネロン事案での摘発は株価への影響が大きく、意外な「ブラックスワン(想定外の出来事)」となる可能性も否定できない。それでなくても株価の動揺が著しい銀行業界だが、マネロンリスクは、もう1つの懸念材料となりそうだ。
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*大槻奈那氏は、マネックス証券の執行役員チーフ・アナリスト兼マネックスユニバーシティ長。東京大学卒業。ロンドン・ビジネス・スクールで経営学修士(MBA)取得後、スタンダード&プアーズ、メリルリンチ日本証券などでアナリスト業務に従事。2016年1月より現職。名古屋商科大学大学院教授、二松学舎大学客員教授、クレディセゾン社外取締役、東京海上ホールディングス社外監査役を兼務。財政制度審議会財政制度分科会委員、東京都公金管理アドバイザリー会議委員などを務める。
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編集:下郡美紀

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