コラム:株暴落はイエレン氏の置き土産、底入れ目前か=木野内栄治氏

コラム:株暴落はイエレン氏の置き土産、底入れ目前か=木野内栄治氏
本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。写真は筆者提供。
木野内栄治 大和証券 チーフテクニカルアナリスト兼シニアストラテジスト
[東京 13日] - 今回の市場の混乱は早ければ足元で、遅くても3月には落ち着いてくると筆者は考えている。
まず、米国長期金利は、1月雇用統計以前の昨年12月から急騰しており、税制改革の影響が大きい。実はトランプ大統領による財政政策の効果は、一度リハーサルを終えている。大統領選後の2016年12月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、フェデラルファンド(FF)レートの長期的な見通しが2.875%から3%に引き上げられたのだ。
逆に、医療保険制度改革法(オバマケア)見直しの頓挫で政権の政策実行能力に疑問符が付いたことによって、2017年9月のFOMCではFFレートの長期的な見通しが2.75%に引き下げられた。こうした経緯から、税制改革の成立を受け、次回3月20―21日のFOMCではFFレートの長期的な見通しが再度3%程度に引き上げられるだろう。
そして、FFレートの長期的な見通しの水準は、2013年の「テーパー・タントラム」(緩和縮小に対するかんしゃく玉の破裂)の時期では米30年債利回りの上限となった。また、2016年12月や2017年3月の米30年債利回りはFFレートの長期的な見通しに0.2%程度の上乗せで天井となった。
今回の税制改革は主に10年間効力があるので、30年債では手前の10年間の金利は上乗せされるだろうが、その後の20年間には影響が少ないので、FFレートの長期的な見通しに0.2%程度の上乗せにとどまるのだろう。3月のFFレートの長期的な見通しの引き上げ水準を確認したいが、米国長期金利はわずかな上昇余地しかないと言える。税制改革の大きな効果もすでに相当織り込んだ。
タイミング的には、2016年12月のFOMCでFFレートの長期的な見通しが引き上げられた時期に、長期金利はピークアウトしていた。同じように、2017年9月に見通しが引き下げられた時期に、長期金利は底入れをしていた。今回も3月20―21日のFOMCが、長期金利ピークアウトのめどと言えるだろう。
また、3月半ばは米国の法人税の申告期限であり、余資運用が終了するので金利が上がりやすいが、その後は個人投資家の好需給に支えられ、金利は低下する季節性が明確だ。米国の金利上昇は遅くても3月には落ち着こう。
<ストレステスト厳格化の背後にイエレン氏の影>
次に、適温相場が崩れた要因として、米国での銀行規制に関する期待の剥落が言われているが、それは杞憂だと指摘したい。
米1月雇用統計の発表前、東京時間2月2日午前中の段階でNYダウ先物は100ドル以上下落し、さらに夜8時の段階で300ドル程度下落していた。
実は、日本時間の早朝に(雇用統計発表前日のNY市場引け後)、米連邦準備理事会(FRB)から銀行ストレステストの条件が発表され、NYダウが9689ドルまで下落するシナリオが提示された。前年は1万1704ドルまでの下落シナリオだったことに比べると、今回の株価下落に関する警戒度合いはかなりのタカ派と言える。
パウエル新FRB議長は、これまでの発言などからは銀行規制緩和派だと言える。しかし、実際に発表された条件がかなり厳しくなったことで、銀行規制緩和期待はいったん吹き飛んでしまった。結果、米国株式市場では銀行株が下落のけん引役の1つとなっている状況だ。
ただし、この厳しい条件は、決定段階で議長の座にあったイエレン氏の意向が強かったと思う。イエレン氏はTVインタビューに対して、銀行規制を巻き戻すのは「深刻な誤り」となるだろうと警告。米メディアによれば、同TVインタビューで、株式について「私は高過ぎると言いたくない。だが、私は高いとは言いたい」と指摘し、「われわれが注目するのは、株価、あるいはより一般的に言って資産価格が下落するとしたら、それが米経済全体にどのような意味を持つかということだ」と答えたという。
2月28日―3月1日に行われる議会証言で、パウエル新議長による新たな方針が示されれば、市場では銀行規制に対する緩和期待やパウエル氏に対する安心感が台頭すると期待できる。また、3月までにコーン国家経済会議(NEC)委員長は銀行規制緩和法を成立させる意向だ。3月FOMCより前に、市場は落ち着く可能性があるだろう。
<個人投資家の押し目買いが優勢になり始めたか>
一方、ボラティリティーの高まりで、リスク量を分散するリスク・パリティ運用が市場を押し下げているとの指摘がある。ただし、1987年10月のブラックマンデー時のポートフォリオ・インシュアランス運用での先物や、サブプライム・ローンを組み込んだ商品などと決定的に違うのは、売却するのは株式などであるため、市場で売却できないなどのパニックを引き起こしにくいことだ。
唯一、VIX指数やオプションなどは若干流動性に疑問符が付き、価格形成が歪む懸念があるが、それも先物やオプションの清算日が重なる2月16日の「ウィッチング」まででポジション解消は一巡するだろう。すでに米VIX指数は経験的なピークアウト水準である50ポイントに達した。日柄的にも、特有の5カ月程度のリズムが到来してきたので、もう落ち着いて良いころだ。今後はリバランス売りとみられるNY大引けの軟化傾向が続かなくなるかがチェックポイントだ。
また、今後は個人投資家に期待できる。米税制改革で引き下げられた所得税率は、1年未満保有のキャピタルゲインにも適用される。よって、現在のところは、短期の利食い売りが集中している懸念がある。
しかし、米国では個人に2月から5月頃まで例年、日本円換算で30兆円規模の税還付が行われる。結果、この時期には株高になりやすい。「セル・イン・メイ(5月に株を売れ)」の相場格言となる有名な季節性の背景は税還付だとみられる。この資金は、投信を通じて米債金利も押し下げよう。
そうした資金が上記のような短期の利食いを上回れば、ファンドマネージャーは例年5月までの資金流入が始まったと感じるだろう。結果、VIX指数は一段と低下しよう。個人投資家は土日や夜の間にオンラインで投資信託などを発注することが多いので、NY株式市場の高寄りが1つのサインとなる。
そして、2月9日(金)や2月12日(月)の寄り付きは高寄りで始まっている。個人投資家の押し目買いが優勢になり始めた可能性があろう。
<日本株も足元が買い場となる可能性>
最後に東京市場の分析を示す。米国の税還付の開始によって、日本株にも例年5月頃まで堅調となる季節性がある。2007年から2017年の日経平均を、毎年前年末を100として単純に平均すると、2月13日が底値と計算される。そろそろ底入れの季節だ。
次に、東証1部の騰落レシオ(25日)をシミュレーションすると、2月16日ごろが底値になりやすいことが分かる。
また、足元で企業の10―12月期業績開示がピークを迎えているが、決算発表の先頭グループで毎回注目される産業用ロボット会社やモーター会社は、今回の決算発表直後は株価が下落して取引が始まっていた。市場の期待がやや高過ぎたのかもしれない。
今回は業績開示が概ね一巡する2月14日ごろまでは手を出しにくい懸念がある。ただし、業績の内容そのものは悪くないので、決算発表一巡後には改めて株式が買い直されることが期待できると考えている。
以上、今回の混乱は早ければ足元で落ち着いてくると期待できるだろう。
*木野内栄治氏は、大和証券投資戦略部のチーフテクニカルアナリスト兼シニアストラテジスト。1988年に大和証券に入社。大和総研などを経て現職。各種アナリストランキングにおいて、2004年から11年連続となる直近まで、市場分析部門などで第1位を獲得。平成24年度高橋亀吉記念賞優秀賞受賞。現在、景気循環学会の理事も務める。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here
(編集:麻生祐司)
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