コラム:株安は不吉な予言か、金融市場の「呪い」に要注意

Edward Hadas
[ロンドン 17日 ロイター Breakingviews] - 金融市場にはプロスポーツの世界と共通する要素がいくつかある。投資家もファンも勝ち組になることを切望し、敗北には落胆する。
わずかな得点や失点に熱狂するが、部外者から見れば、ルールもよく分からないため、その熱狂も奇異に映る。そしてどちらも、あれだけ飛び上がり叫びまくっても、他の経済分野への影響はほとんど無い。
最後の点については、金融市場の場合、賛否が分かれるだろう。
多くの投機筋や投資家、金融評論家は、金融市場における価格は、もちろん経済全体の先行きを示す指標だと主張している。米国のS&P総合500種が先週4%も下落したような激しい動きは何かを意味しているに違いない。より緩慢だが大きな動き、例えば上海総合指数が1月末以降、27%も下落したことなどは、さらに広範な意味を帯びているはずだ、と言うのだ。
しかし、それは何を意味しているのか。金融市場の下落は収益性低下や経済の減速を先取りしているのか。いや、むしろ市場の下落が何らかの形で成長鈍化の原因になるのではないか。あるいは、株価のこうした顕著な下落は、それ以前の過大評価や債券利回り上昇に対する調整にすぎないのではないか。
では、そうした債券利回りは何を意味しているのか。債券市場の変動に経済的意味があるとしても、それは明確とは到底、言いがたい。
世界的なベンチマークである10年物米国債利回りは、2018年に入ってから約2.4%から3.2%へと上昇した。これは順調な経済成長の兆候かもしれないし、減速の原因となるかもしれない。インフレ率上昇の予想を反映したものかもしれないが、その一方で、インフレ率上昇の勢いを削ぐ可能性もある。
スポーツの場合と同じように、不確実性は興奮をもたらすかもしれない。だがそれは、金融市場が実は他の経済分野と密接な関係を持っていないことを示唆している。
まず株価について考えてみよう。株価は新聞の見出しを飾ることも多いが、実体経済活動に及ぼす直接的な影響はほとんどない。あるはずもない。なぜなら、株価の変動によって投資に回るマネーの量が変わるわけではないからだ。
企業が事業拡張のために現金資金を必要とする場合、公開市場で新株を売ることはめったにない。既存企業の大半は融資を受けるか、営業キャッシュフローに手をつける。新興企業はもっぱらプライベートな資金調達に頼る。
理論的には、債券は別の話だ。確かに、市場価格が経済において果たす役割を理論的に説明する場合、その軸になるのは債券市場だ。このモデルの出発点となるのは、各国中央銀行が設定する翌日物政策金利だ。これが長期債利回りに影響を与えるものと想定されている。こうした金利全般が、債券発行量を決定し、それが投資のペースを左右し、ひいては雇用創出と成長を形成する。
このモデルにおける金融の油圧ポンプのごとき働きは印象的ではあるが、現実的ではない。あまりにも多くの要素が捨象されているからだ。金融による動力伝達の働きが多少は存在する場合でも、たいていは他の要素のなかに埋没してしまう。特に、営業利益率の変動や政府政策、技術的な機会、そして政治状況などがそうだ。
また金融自体も、政策金利やベンチマーク金利以外の多くの変数に影響される。インフレが生じていれば、名目では金利が高くても実質では低くなる。規制によって融資慣行は変わってくる。借り手のコストは、無リスク金利だけでなく、貸し手が要求するスプレッドによっても変動する。金利が経済に与える影響は、融資資金が実体投資に回るのか、それとも単に金融取引を賄うだけなのかによっても左右される。
こうした要素がすべて作用している以上、市場との関連で経済を語ることが、スポーツ談義と同じ程度の精度しか備えていないとしても不思議はない。なるほど、市場変動は経済変化の兆候や原因になり得るかもしれない。だがその兆候は、ほとんどの場合、不明瞭かつ不正確であり、原因だとしても、めったに決定的であることはない。
それでも、近年の金融市場には、影響力の源が1つある。信念の力、あるいは「呪い」だ。金融市場の変動そのものが経済に与える直接的、機械的な影響は、野球のワールドシリーズやサッカーのワールドカップによる影響と大差ない。だが、間接的もしくは心理的な影響は、はるかに大きくなる可能性がある。
消費者と企業経営者が資産価格と金融の関係の強さを過大評価している限りにおいて、彼らは、市場の動きが、支出や投資の意思決定の参考になると信じてしまうだろう。こうして、株価や債券価格の動きが経済を揺るがす可能性はある。
金融市場による「神のお告げ」の信者は、自分たちが迷信家だとは思っていない。むしろ、難解な暗号メッセージを解読していると考えている。これは自己言及的な歪みを伴う、油断ならない営みである。
先週起きた株価急落はランダムに発生する変動にすぎず、長いシーズンにおける1つの試合でしかない、と言うのが大多数の見解だとすれば、じきにそれは忘れ去られるだろう。
しかし、特に今回の下落が今後の経済成長や収益トレンドについて何か良からぬことを告げていると信じる人が十分に多ければ、その不吉な予言が自己実現してしまう可能性はある。
*筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)
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