コラム:日経平均3万円超えで、ドルは100円割れのシナリオ=高島修氏

コラム:日経平均3万円超えで、ドルは100円割れのシナリオ=高島修氏
 昨秋以降、日本株高が明確になり、日経平均は今週2万9000円台を回復。3万円への到達が目前となった。通常、日本株高は円安時に進行するが、今回の特徴はすう勢的なドル安・円高の中で日本株高が進んでいることだ。高島修氏のコラム。写真は東京証券取引所で2013年5月撮影(2021年 ロイター/Toru Hanai)
高島修 シティグループ証券チーフFXストラテジスト
[東京 10日] - 昨秋以降、日本株高が明確になり、日経平均は今週2万9000円台を回復。3万円への到達が目前となった。通常、日本株高は円安時に進行するが、今回の特徴はすう勢的なドル安・円高の中で日本株高が進んでいることだ。筆者は今年、昨年来の全面的な米ドル安が継続し、ドル/円は100円割れに向かうと予想しているが、日経平均が3万円に乗せる中でも、そうしたドル/円の下落シナリオは変わることはなく、株高だからこそドル安/円高でないかとさえ思っている。その理由を示していきたい。
<バブルゾーンへ>
奇しくも日本株が1980年代終盤にバブルを形成し、日経平均が現在と同じように3万円に近づいた時にも同じようなことが起こっていた。当時、日本は1985年のプラザ合意後の円高不況に見舞われていた。日本政府と日銀は財政出動と金融緩和で円高に対応し、それがバブル経済を生むことになった。
日本株高は86年から上昇に弾みがついたが、大蔵省(現・財務省)出身の澄田智総裁の下、日銀が86年に5%だった公定歩合を87年にその当時では過去最低となる2.5%へ引き下げた。そのことが、経済のバブル化現象の決定打となった。円高で景気悪化を警戒する日本政府と日銀が、景気刺激を強化するとの期待が市場では広がっていった。
ドル/円の下落トレンドがは88年末まで続き、89年以降は反発に転じたが、日経平均は3万円の大台に乗せて、さらに上値を追っていった。当時、株高でリスク許容度が高まった本邦投資家や企業が海外投資を増やし、円安を促したと言われた。その意味では、89年以降の日本株とドル/円の因果関係は「円安→株高」というよりは「株高→円安」だったと言える。
足元では、昨年の新型コロナ・ウイルス危機が日本政府に明確な財政拡張策へと転じさせる転換点となった。日銀も従来からの金融緩和姿勢を強化した。日銀は3月の政策レビューで上場投資信託(ETF)購入を含め、より持続的な金融緩和を可能とする施策を打ち出す予定だが、100円を割り込むドル安/円高となった場合、超緩和策の長期化方針は一段と明確になるだろう。
その時、米株高などリスクオン環境が継続していれば、株式市場はその政策調整を株高要因とみなすかもしれない。例えば、日銀がETF購入の上限を撤廃しながら、株安時のみに購入を行う方針を示せば、人為的に株価が押し上げられた日本株には投資しづらいと考えてきた海外リアルマネー投資家も、従来よりは日本株に投資しやすくなったと感じるだろう。
一方で、株価反落時には日銀の買い入れが行われるシステムは、米株や他の海外の株式市場には存在しない、日本株のバックストップとして前向きに材料視し始めることも予想され得るうる。
<円高・株高の鍵を握る海外勢の対日投資>
注目すべき現象として、昨年来、米国市場では米株高に伴って米ドル安が進行する傾向が明確になり、長期投資家が割高感の強まってきたドル建て資産から他資産へ投資分散に動き始めた可能性を指摘したい。
他方、アベノミクス相場が始まった2012年秋以降の海外から日本への対内株式投資の累積額を見ると、2015年に25兆円ほどまで積み上った後、取り崩され、足元はちょうど当時の出発点まで削減されてきた。ドル建て日経平均は史上最高値を更新し始めているが、過去5年間に保有残高を削減してきた外国人投資家は、十分に日本株に投資できていない。今回の株高がその消極的スタンスを見直す切っ掛け(口実)になってもおかしくないだろう。
日本の国際収支を見ると、最近、貿易黒字にけん引された経常収支の回復と対外直接投資の減少によってで改善傾向が明確である。一方で、国内投資家による海外投資(為替リスクをとったオープン投資)は、内外金利差縮小もあって削減される方向だと我々は認識している。こうした中で海外投資家による日本株投資とそれに伴う円買いが加わる場合、比較的素直に円高に結びつきやすくなるのではないか。彼らの日本株投資は、株高と円高を同時に推進する需給要因になり得ようえよう。
よく知られているように、ドル/円と日本株は基本的には順相関の関係にある。だが、そのシンプルな相関の背後に横たわる因果関係は複雑だ。もちろん、最も重要な因果関係は円安(円高)が企業収益の改善(悪化)を通じて株高(株安)に貢献するという図式だ。この場合、因果関係の方向性は「ドル/円→日本株」である。
一方、因果関係の方向性が「日本株→ドル/円」であるものの代表例が、先に言及した海外投資家の日本株投資に伴う円買いが円高要因になるという流れだ。それ以外にも、投資家のヘッジ操作やリバランスに伴う売買など、両者の間には極めて複雑で多様な因果関係が存在している。そして、そうした複雑な因果関係の強弱感の変化に応じて、両者の相関も変化し得る。
<米株高で米ドル安>
最近の傾向として日本株高とドル/円下落が同時進行しているが、米国市場を見ると、米株と米ドル指数は明確な逆相関となっており、すでに述べたようにオーバーウェイトにされてきたドル建て資産から他資産へ投資分散が始まっている模様だ。
一方で、株式市場において日本株は米株と、為替市場ではドル/円が米ドル指数と高い相関を維持しており、日本株とドル/円の関係は逆相関に転じてきた。すう勢的にドル/円は日本株よりも米ドル指数とより高い相関を示す傾向があるため、米国など世界経済の回復を背景とした日本の国際収支の改善も考慮すると、足元で著しく異例なことが起こっているというわけでもない。現に日経平均が3万円に迫った80年代終盤にも株高と円高は共存していた。
ここで問われるべきは、米ドル安の持続性である。我々が米ドルに弱気の理由は1)米国の新型コロナ・ウイルス危機への金融・財政刺激策が大規模であり、経常赤字のファイナンス環境が悪化している、2)ドル建て資産のバリュエーションに割高感があり、ドル建て資産から他資産への投資分散が始まっている、3)世界の投資家のドル建て資産の保有残高が膨らんでおり、為替ヘッジ比率も低いと考えられる──の3つである。
この中でも重視しているのが3点目である。我々が今年、想定しているマクロシナリオは緩やかな経済正常化の進展であり、リスクオン環境の継続である。米長期金利には緩やかな上昇圧力が加わると想定しており、最近、1%を超えて上昇してきた米10年国債利回り<US10YT=RR>金利は1.25%─1.5%ゾーンへの上昇を見込んでいる。
それに伴い、米ドルのイールドカーブは緩やかにスティープ化。長短金利差が拡大し、ヘッジ付き米債投資がその魅力を高めるはずだ。我々独自の試算によると、2017年の米連邦準備委理事会(FRB)の金融引き締めでヘッジコストが増した時、世界の投資家はドル建て資産のヘッジ比率を引き下げたが、昨年の金融緩和でヘッジコストが低下した後も低いヘッジ比率を続けてきたと見られる。
米国債や米株など海外投資家による米国資産の保有残高は22兆ドル(約2299兆円)に上る。仮に5%ヘッジ比率が引き上げられただけで1.1兆ドル(約115兆円)ほどのドル売り需要が生じる計算になる。
米金利上昇が新規投資を引きつけることで生じるドル高圧力をはるかに凌駕するドル売り圧力が、こうした既存の投資への為替ヘッジ操作から生まれよう。
市場には米金利上昇がドル高要因となるとの見方もくすぶるようだが、今年に関しては我々の考えは逆である。米金利上昇は米株高と並んでドル安要因になると見ている。
(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*高島修氏は、シティグループ証券のチーフFXストラテジスト。1992年に三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行し、2004年以降はチーフアナリスト。2010年シティバンク銀行入行、チーフFXストラテジストに。2013年5月より現職。
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編集:田巻一彦

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