コラム:米テスラに決闘挑む独VW、軍配はどちらに

コラム:米テスラに決闘挑む独VW、軍配はどちらに
10月14日、米テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は謙虚さとは無縁の人物だ。写真は9月、独ツウィッカウのフォルクスワーゲン工場で生産されるID.4(2020年 ロイター/Matthias Rietschel )
Christopher Thompson
[ロンドン 14日 ロイター BREAKINGVIEWS] - 米テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は謙虚さとは無縁の人物だ。しかし、独フォルクスワーゲン(VW)のヘルベルト・ディースCEOも負けてはいない。2025年までに自社製電気自動車(EV)の販売台数を27倍に増やすと豪語したのだ。ただ、電池に関するマスク氏の深い専門性と、テスラがガソリン車事業の遺産を持たない利点を考えれば、自慢合戦に勝つのはやはりマスク氏の側だろう。
ディース氏が言葉を実行に移すと信じるに足る理由はある。VWは今月、初の大衆市場向けEVモデルとして、ハッチバック「ID.3」とスポーツ多目的車(SUV)「ID.4」の納車を始めた。向こう5年以内にテスラに取って代わり、世界のEV市場を支配する狙いだ。両車種はテスラの「モデル3」および「モデルY」とほぼ似たタイプだが、価格は5000ドルほど安い。廃車までの減価償却費と燃費を勘案すると、ID.3はVWのガソリン車「ゴルフ」の高性能車種に比べて約2割安くなる計算だ。この手ごろさは、ガソリン車乗りにEVを売り込み、世界のEV市場のシェア7%という目標を達成する上で、重要な一線となる。
意外かも知れないが、VWの新モデル導入はタイミングが良い。現在、自動車販売全体は確かに縮小しているが、いくつかの大規模市場でEVの販売台数は増えている。フランス、ドイツ、中国などがEVに大幅な補助金を出していることが一因だ。ジェフリーズの試算によると、世界のEV販売は今年5%増え、来年には50%以上も急増する見通しとなっている。
しかもVWは世界最大の自動車市場である中国で先制している。マスク氏は上海のテスラ工場で生産を増やしているが、ディース氏は既存の製造提携と販売店網をてこに、倹約家の中国消費者に最新EVを売り込むことが可能だ。昨年の中国でのVW車販売台数は420万台だった。同社は今後数年間で、生産したEVの約半分を中国の需要がのみ込むと予想している。
VWのEV事業の価値を算定するのは難しい。予見可能な将来、同社の年間販売台数1000万台前後の大半をガソリン車が占め続ける見通しだからだ。2022年までに全販売台数の8%、約82万台をEV車にする、というディース氏の目標が達成できるとしよう。EV事業の急成長を反映し、予想営業利益の35倍――テスラの半分――という数字を当てはめると、EV事業単独の価値は700億ユーロ程度となる。この計算はアナリストの推計に即し、1台の価格を平均4万ユーロ、営業利ざやを5%と想定している。このシナリオでは、VWの株式時価総額は現在の730億ユーロから倍増する可能性がある。
しかし、たとえディース氏が販売目標を達成できたとしても、これほどの事業価値を保つのは困難だろう。第1にVWは、より利益率の高いガソリン車の販売を損なわずにEVへの移行を成し遂げる必要がある。しかも25年にEVの年間販売台数300万台という野望を達成できるとすれば、世界市場規模(ジェフリーズ推計)の3分の1を占めることになる。これは無理難題というものだ。また、その時点でも大気を汚染するガソリン車が全販売台数の80%を占める見通しで、自らを「eモビリティ」の旗手と位置づけるテスラと比べ、大きな短所となる。
マスク氏の方には、そうした心配がない。彼の課題はモデル3とモデルYをもっと売り込むことだけだ。昨年の販売台数は36万8000台で、EV市場全体の推計23%を占めた。もっともマスク氏の長期目標は年2000万台と、トヨタ自動車<7203.T>やVWの現生産台数の2倍前後だ。
彼はそのためにEVをもっと手ごろな価格にする計画で、3年以内に2万5000ドルの車種を売り出す目標を立てている。そうなれば低価格帯のガソリン車とEVの価格差は消え、EVを「一家に一台」というマスク氏の構想が実現に近づく。
この目標を達成するには生産コストの削減が要となるが、テスラは15年間を費やして電池製造のノウハウを築いており、VWより優位に立っている。電池はEVの最も高い部品だ。トレフィスの分析によると、テスラ車の平均販売価格に占める電池コストの割合は、過去3会計年度で19.4%から15%に下がった。
電池のコストが下がれば利ざやの大きい高級車にも同じ設計が使えるため、利益率が上昇する可能性がある。テスラの営業利益率は過去4・四半期で1.3%ポイント上昇して5.4%となり、VWグループ全体の昨年の利益率6.7%と比べ、さほど大きな差はなくなった。
マスク氏にとって最大の課題は株主の思い上がりだ。テスラの巨大な株式時価総額は、同社が向こう10年にわたり、EV市場を圧倒的に支配し続けることを織り込む水準となっている。VWの他、トヨタ、ゼネラル・モーターズ(GM)、フォード・モーター、日産自動車<7201.T>も巻き込む厳しい競争にもかかわらずだ。実際、テスラの2030年の電池生産能力見通しに基づいてモルガン・スタンレーが試算したところでは、テスラは同年までに年間生産台数2000万台の目標を達成できると想定している。これは、その時点の世界の推計EV販売総数にほぼ匹敵する数字であり、非現実的だ。
とはいえ、テスラが将来この巨大市場の一角だけでも押さえるなら、生産コストの低下も相まって、ガソリン車から移行する競合社に比べて高い利益率と株価バリュエーションを維持できるだろう。ディース氏との決闘は、マスク氏に分がありそうだ。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
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