コラム:勢いづく円安待望論の落とし穴=村田雅志氏

コラム:勢いづく円安待望論の落とし穴=村田雅志氏
本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。写真は筆者提供。
村田雅志 ブラウン・ブラザーズ・ハリマン 通貨ストラテジスト
[東京 24日] - ドル円相場については、1ドル=115円を超え120円を目指すといった見方も一部に出ているようだ。だが、そんな見方とは裏腹に、22日の衆院選後は114円ちょうど近辺に達した後に失速。足元では115円どころか113円台半ばから後半でもみ合いとなっている。
一方、日経平均株価は24日、16連騰となり、前日につけた連続上昇日数の最長記録を更新。終値の2万1805円は1996年7月以来の高値だ。この株高継続を受けて、ドル円がいずれ出遅れを取り戻し、上昇するとの見方もあるようだ。
しかし、そもそも日本の実質国内総生産(GDP)成長率は、昨年から今年前期までの1年半にわたり前期比プラスを維持。実質賃金は前年並みのままだが、失業率は2.8%と1994年6月以来の低水準にある。給料はさほど上がらないまでも、雇用環境は大きく改善している。ドル円に比べて、株価が上がることにはそれなりの納得感がある。
ちなみに、内閣府が1963年から続けている「国民生活に関する世論調査」によると、現在の生活に「満足」と回答した割合は73.9%と過去最高を更新した。機密保護法、安保法、森友・加計問題などを通じ、安倍政権に対する批判が和らぐことはないが、「満足」な現在の生活が変わるリスクを負ってまで安倍政権の退陣を望む人は少数派だろう。
こうした安倍政権の長期化期待を取り上げ、円売りの動きを期待する向きもあるようだ。だが、今回の衆院選が事前の情勢調査通りの結果となり、サプライズがない以上、選挙結果をきっかけとした円売りの動きがみられないのも不思議ではない。
仮に安倍政権の長期化がドル円上昇の材料になるならば、衆院選前の情勢調査結果が判明した時点でドル円は大きく上昇していたはずだろう。
<米税制改革への期待は先走りすぎ>
米連邦準備理事会(FRB)が来年も3回程度の利上げを実施するとの見方を根拠に、ドル円の大幅上昇を主張している向きもある。確かに、日米2年債金利差は、米債利回りの上昇を背景に23日に1.70%近辺と、9月7日の1.40%近辺から30ベーシスポイント(bp)拡大。2008年8月以来の高水準に達した。
しかし上述したように、ドル円は114円を大きく上抜けできず、上値が抑えられたままである。FRBの追加利上げ期待がドル円を押し上げるとの見方は説得力が失われつつある。
為替市場関係者の多くは知っていることだが、日米2年債金利差よりも日米10年債金利差の方がドル円との相関は高い。その日米10年債金利差は、2.30%近辺と7月7日の水準と大差ない。これはドル円が7月11日の高値(114円台半ば)を上抜けできないままでいることと整合的である。
FRBが利上げを続けると期待されるなか、日米長期金利差が広がらないのは、米国景気に対する期待が高まらないためだ。10月27日発表予定の第3四半期の米GDPは、前期比年率2.5%増程度と、前期の3.1%増から鈍化する見込みである。第4四半期はハリケーン復興需要で住宅投資が持ち直すとみられるが、GDP全体を押し上げるには力不足だ。
進展をみせている米税制改革に対する期待もあるようだが、今月19日に米上院で可決した予算決議案は、複数年度にわたる財政の全体像を定めたものであり、具体的な予算関連法案の審議は今後の展開に委ねられる。共和党の一部議員は、財政赤字の拡大につながる税制改革に否定的な姿勢を示しており、法人減税が決まったとしても、引き下げ幅が小幅なものになる可能性は否定し難い。
<FRB議長人事のドル高効果も限定的>
米景気に対し大きな期待を持つことが難しい以上、次期FRB議長人事が、ドル円を長期に押し上げるとも考えにくい。
成長率とインフレ率に基づいて設定すべき政策金利を説明した「テイラー・ルール」の考案者で、タカ派と目されているテイラー・スタンフォード大学教授が次期FRB議長に就任したとしても、米景気の先行き期待が高まらないなか、同氏が金融政策の正常化ペースを加速させることはないだろう。
仮に次期FRB議長が誰であっても、米国の金融引き締めペースが加速することになれば、米景気の先行き懸念で、ドル円はむしろ下押しされかねない。
世界景気は米国と中国を中心に堅調に拡大しており、市場のリスク選好姿勢は維持されやすい。結果として、ドル円の上昇トレンドは維持されると予想されるが、その上昇ペースは非常に緩やかなものになるだろう。
年内のドル円は、北朝鮮による軍事挑発行為など一時的なリスクオフ・イベントで下押しされたとしても、下値のめどは111円半ばや110円ちょうど、上値のめどは115円ちょうどと年初来高値の118.70円近辺と思われる。
*村田雅志氏は、ブラウン・ブラザーズ・ハリマンの通貨ストラテジスト。三和総合研究所、GCIキャピタルを経て2010年より現職。近著に「人民元切り下げ:次のバブルが迫る」(東洋経済新報社)
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*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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