オピニオン:見えてきた「トランプ対世界」=安井明彦氏

オピニオン:見えてきた「トランプ対世界」=安井明彦氏
 7月19日、みずほ総合研究所の安井明彦・欧米調査部長は、日本も好むと好まざるにかかわらず、新たな多国間通商枠組み作りの進展で、米国包囲網の一翼を担う可能性があると指摘。提供写真(2017年 ロイター)
安井明彦 みずほ総合研究所 欧米調査部長
[東京 19日] - トランプ米大統領誕生から半年。浮かび上がってきたのは、自由貿易主義を表看板に掲げた「米国包囲網」の形成であり、「トランプ対世界」の構図だと、みずほ総合研究所の安井明彦・欧米調査部長は指摘する。
日本も、好むと好まざるにかかわらず、米国抜きの環太平洋連携協定(TPP)や欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)の進展で、その包囲網の一翼を担う可能性があり、今後、トランプ政権を自由貿易に引き留める知恵が必要になるとみる。
同氏の見解は以下の通り。
<米国包囲網に日本も加担と見なされる可能性>
あまり大々的に報じられていないが、実は通商分野において最近、太平洋を挟んで注目すべき動きがあった。
6月30日、メキシコ・コロンビア・ペルー・チリの中南米4カ国が参加する通商枠組み「太平洋同盟」が、シンガポール・オーストラリア・ニュージーランド・カナダとの間で準加盟交渉を開始したのだ。
周知の通り、コロンビアを除き、これらの国々は、2015年秋に大筋合意に至った環太平洋連携協定(TPP)の原署名国である。TPPは現在、トランプ米政権による1月の離脱表明を経て、米国を除く残り11カ国での早期発効に向け、事務レベルでの協議が進められている。
太平洋同盟の動きがこの「TPP11」とどう結び付いてくるのかまだ不透明な部分は多いが、トランプ政権が自国優先の保護貿易主義を前面に出し多国間協議に背を向ける中、自由貿易主義を表看板に掲げた「米国包囲網」が静かに構築されつつある証左と言えよう。
日本も、好むと好まざるにかかわらず、この米国抜きの新たな多国間通商枠組み作りの流れに乗っている。TPP11では主導的役割を果たすことを他国から期待される一方、欧州連合(EU)との間では最近、経済連携協定(EPA)の大筋合意にこぎつけた。
EUの二大大国であるドイツとフランスは今や、「反保護主義」「反トランプ」のけん引役とも言える存在だ。日本の思惑はどうであれ、「米国抜き」を加速させる出来事とトランプ政権側から見なされても仕方ないだろう。
一方のトランプ政権は、TPP離脱表明後、通商分野で足踏みをしたままである。「米国の雇用を奪った」として選挙戦で批判した北米自由貿易協定(NAFTA)に関しては、ようやく8月に、協定内容見直しに向けてメキシコ・カナダとの初会合を開く予定だ。多国間協定に代わる通商政策の肝にするという触れ込みの2国間交渉については、目玉となる対日・対中とも実務レベルでの協議はまだ本格化には程遠い。
足踏みの背景には、政権の実働部隊となる各省庁のポリティカル・アポイントメント(政治任用)が進んでいないことも大きく影響していそうだ。500人規模と言われる政治任用の重要な高官ポストのうち、50人程度しか埋まっていないといわれる。歴代政権と比べ、任用ペースは驚くほど遅い。
「ワシントン(旧来型政治)との決別」を公約に掲げていた手前、政権側も政治任用を後回しにしたのかもしれないが、いざ動き出したら、ロシアとの癒着疑惑(ロシアゲート問題)などもあって候補者から敬遠されるケースが多いのかもしれない。いずれにしても、米政権が実効性を伴う通商合意をまとめるためには実働部隊の編成が急務だ。
心配なのは、物事が進まない焦燥感から、ホワイトハウスが大統領令によって強引な措置を発動しようとすることだ。目先では、以前から公言している、安全保障を理由とした鉄鋼製品に対する通商制限措置の発動が懸念される。
米国では、保護主義的な強硬路線に引っ張ろうとするバノン首席戦略官兼上級顧問のラインと、穏健路線を求めるコーン国家経済会議(NEC)委員長兼大統領補佐官のラインとの綱引きが報じられている。保護主義に傾きそうなトランプ大統領を、何とか後者のラインが押しとどめているのが現状なのかもしれない。
ただ、あくまでも決定を下すのはトランプ大統領であり、上記のような米国包囲網の形成をどう感じているのか不安が募る。
仮に鉄鋼でトランプ大統領がEUを標的にすれば、独仏は即刻、反撃する構えを見せている。トランプ政権の通商戦略を巡っては、TPP離脱以外、有言実行されていないため、妙な安心感が広がっているようにも感じるが、私の目には、「トランプ対世界」の構図がエスカレートする火種は以前より増えているように見受けられる。
<「保護貿易対自由貿易」論争の不毛>
こうした中、日本も、トランプ政権を突き放すのか、決断を迫られる局面が増えよう。米国を孤立させるのは必ずしも得策ではなく、自由貿易に引き留める知恵が必要ではないか。
もちろん、包囲網の形成を目の当たりにして、トランプ政権が自ら穏健路線に転じれば幸運な展開だが、多国間協議への拒否感が同政権の通商政策の数少ない幹(みき)であることを考えると、望み薄だろう。
日本の場合、試練が訪れるとすれば、米国側が2国間の自由貿易協定(FTA)交渉を真剣に仕掛けてきたときだ。日本側には、日米経済対話は進めるにしても、日米FTAは必要なく、将来的に米国のTPPへの再参加を促していくべきだとの意見が少なくないが、果たして現実的なのか。
日本はEU離脱後の英国とはFTAを結ぼうとするだろうから、米国とは二国間交渉に応じないというロジックは通用しない。力負けするから交渉しないということだと、トランプ政権の「自国優先主義」を批判できまい。独仏英にしても、現状、米国からの輸入品に対する制限度合いは、米国が欧州製品の輸入に設けている制限より高い。「米国が貿易で損をしている」とのトランプ大統領の主張にも一理はある。
理想論になるが、つまるところ「反トランプ」も「トランプ」も同じ自国優先主義であり、各国とも「保護主義対自由主義」という分かりやすいレッテルに基づく対立に陥らぬよう、公正なルールに基づく協定作りに努めていくことが肝要なのではないか。
欧州統合推進論者のマクロン仏大統領誕生や、日本EU間のEPA大筋合意などを受け、自由貿易主義が復活してきたかのような論調も見聞きするが、そもそも、しっかりとした足場のある戻り方になっているのかは疑わしい。
ポピュリズムがなぜ台頭したかと言えば、政治に声が届かないと考える社会階層が増え、また富の偏在が進んでしまったことが大きかったはずだ。そうした問題点に対して、トランプ政権を含め主要国政府が、十分な政策的手当てをしているようには思えない。所得の底上げにつながる政策をなおざりにしたまま、やみくもに自由貿易の復権を進めても、近い将来、より深刻なポピュリズム旋風が吹き荒れかねない。
<トランプ大統領弾劾の可能性は低い>
最後にトランプ政権にまつわる悲観論に対して、一言だけ言っておきたい。就任6カ月目の支持率が30%台と過去70年の歴代大統領で最低にとどまっているとのニュースが話題になっているが、実は民主党のビル・クリントン大統領(1期目)も就任5カ月目(6月)の支持率は同じくらい低かった。
当時のクリントン大統領も、民主党が上下両院で過半数を押さえていたにもかかわらず経済対策の取りまとめに手間取り、アーカンソー州知事時代の不正疑惑(ホワイトウォーター疑惑など)もあって、支持率は低迷していた。ワシントンに慣れていない大統領は、最初つまずく。問題はそこから立ち直れるかだ。
ちなみに、共和党支持者に限れば、トランプ大統領の支持率は足元で80%を上回っており、同じ時期の共和党大統領、例えばレーガン大統領やブッシュ大統領(父子双方)と比べても遜色ない。
あまり目立っていないが、共和党支持者の間では、従来型エネルギー分野における規制緩和や最高裁判事任命は高く評価されている。ロシアゲート問題で弾劾訴追される可能性は、現時点では高くないように思われる。トランプ大統領同様、民主党支持者の支持率が高かったクリントン大統領が2期目に不倫スキャンダル絡みで弾劾訴追されたのは、当時の下院の多数党が共和党だったからだ(上院の弾劾裁判では無罪となった)。
むろん、来秋の中間選挙で共和党が大敗すれば、トランプ大統領がクリントン大統領と同じ苦境に追い込まれる可能性はある。ただし、上下両院の改選議席数に照らせば、下院を取られる可能性はあっても、上院まで多数党が民主党に代わることは考えにくい。共和党支持者の間で平均点の支持率を維持できていれば、弾劾・罷免は免れそうだ。
要するに、トランプ大統領の早期退場で「トランプ対世界」の構図が杞憂に終わる可能性は低いということである。
(聞き手:麻生祐司)
*本稿は、安井明彦氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。
*安井明彦氏は、みずほ総合研究所・欧米調査部長。1991年東京大学法学部卒業後、富士総合研究所(当時)入社。在米日本大使館専門調査員、みずほ総研ニューヨーク事務所長などを経て、2014年より現職。主な著書に「アメリカ 選択肢なき選択」などがある。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトのトランプ政権特集に掲載されたものです。
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