オピニオン:ビットコインは中銀の終わりの始まりか=岩村充氏

オピニオン:ビットコインは中銀の終わりの始まりか=岩村充氏
 6月16日、岩村充・早稲田大学大学院教授は、ビットコインに追随する他の貨幣ソリューション(アルトコインやデジタル銀行券)が「価値安定」に力を入れていけば、将来的に中銀の通貨発行独占が崩れる可能性もあると指摘。写真はビットコインのロゴを配したドア。仏パリで2014年7月撮影(2017年 ロイター/Benoit Tessier)
岩村充 早稲田大学大学院教授
[東京 16日] - ビットコインは、その設計上の限界から、仮想空間における最大の貨幣ソリューションとはなり得ないものの、「枯れた技術」を用い、国家や中央銀行が支配する通貨の世界に、独自の生態系を作り出して見せた点において、「コロンブスの卵」と呼べる存在だと、岩村充・早稲田大学大学院教授は語る。
今後、追随する他のソリューション(アルトコインやデジタル銀行券)が、現在のビットコインに足りない「価値安定」に力を入れていけば、将来的に中銀による通貨発行の独占が崩れる可能性もあるという。
同氏の見解は以下の通り。
<ビットコインの潜在力>
ビットコイン登場の最大の意義は、中銀の提供する通貨(銀行券)とは異質の「価値のよりどころ」を有する貨幣ソリューションが、仮想空間において存在し得ることを証明した点だろう。
実は、その要素技術自体は長年にわたって試されてきた「枯れた技術」だ。基本的には権利者確認に暗号技術を用い、権利量確定にブロックチェーン(分散型台帳)と呼ばれる仕組みを応用している。
ただ、誰にでもできそうなことでも、最初に行うのは難しい。やってみせたら、アルトコイン(代替的コインを意味するalternative coin)と総称される追随者や模倣者が次々と現れたことが、ビットコインを「コロンブスの卵」たらしめている所以(ゆえん)だろう。
通貨としてのビットコインの強みは、独自の価値の源泉を持っていることだ。Suicaなど、いわゆる「電子マネー」とはそこが違う。電子マネーは、円やドルなどの既存通貨の価値の容れ物であり、新たに価値を作り出しているわけでない。一方、ビットコインは、そうした外からの価値の取り入れをせず、「マイニング(採掘)」と呼ばれる行為に価値の源泉を見いだしている。具体的には、取引の正しさを証明したマイナー(採掘者)には、その報酬として、新たなビットコインが与えられる。
分かりやすく言えば、採掘費用が市場価格を作り出しているという意味では、ビットコインは金や銀に近い。ビットコインの場合、主な費用はマイナーの電気代と言えよう。銀行券が国家信用本位制ならば、ビットコインは電気代本位制とでも呼べるものだ。
このように自ら価値の源泉を持つビットコインは、理論上、円やドルと同じように独立した金融システムを構築できることになる。決済用途だけでなく、金利が生じて預金や貸し出しに使うことも、SuicaのようにICチップ型電子マネーにすることも可能だ。冗談のような話だが、実物コインのような姿にして流通させることも難しくはない(実際、すでに実物を作った企業も存在する)。
<「暗号通貨」の課題と限界>
ただし、今のビットコインの「出来の悪さ」では通貨として人々の信頼を維持することは難しいだろう。理由は、2100万BTC(ビットコインの通貨記号はBTC)の総発行上限に向かって生成速度が固定(4年に1度の割合で半減)された設計になっている点だ。
こうした硬直的な供給スケジュールの下では、ビットコイン価格が上がればマイナーが集まってマイニングが難しくなって価格がさらに上がり、下がればマイニングへの人気離散からさらに価格が下がるという意味での価値不安定化は避けられない。実際、すでに乱高下を繰り返している。
設計者である「サトシ・ナカモト」の真意は分からないが、要するにビットコインは「投機向き」の資産なのだ。アルトコインとも呼ばれるビットコインの追随者たちが通貨の世界で存在感を高めようとするのなら、この出来の悪さを修正する必要がある。
なお、私は、ビットコインやアルトコインを「仮想通貨」と呼ぶのは適切ではないと考えている。プルーフ・オブ・ワーク(作業証明、POW)を伴うという共通項で言えばPOW型の通貨、あるいは「クリプト・カレンシー」という英語を直訳して「暗号通貨」と呼んだ方がすっきりする。
円やドルもそうだが、通貨にはそもそも「仮想」の要素がある。仮想というのなら、法制度によって主要通貨との交換が可能とされる国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)をそう呼んだ方がずっとすっきりする。また、通貨供給量を増やせばインフレになるという主張などは、円やドルなどの通貨も、裏付けとなる価値実体を持たない、つまり「仮想」だと思っているようにも感じられる。それに対して、膨大な電気代の対価として生成されるビットコインは、ずっと実物貨幣に近い。
ただ、マイニングを価値の裏付けにするPOW型の通貨には泣きどころもある。それは、金や銀と同じく、採掘コスト(この場合は電気代)が貨幣の供給費用そのものとなってしまうことだ。一方、銀行券は、国債その他の資産を中銀が買い入れるだけで発行される、いわば「ただ乗り」の信用貨幣だ。歴史の中でも、実物貨幣は信用貨幣に取って代わられてきた。同じことが、デジタル空間でも起こる可能性は高いだろう。
<デジタル銀行券の可能性>
具体的には、デジタル化された銀行券が、ブロックチェーンによるP2Pネットワーク上でやり取りされるようになれば、ビットコインやアルトコインを押しのけていくのではないか。
ただ、ビットコインたちが今後も果たしていく役割を過小評価すべきではない。コロンブスの航海は、行き着いた先の米大陸の状況を一変させたが、同時に欧州の社会も大きく変えた。ビットコインたちも、既存の金融世界に対して同じ役回りを演じることになるだろう。
その先には、円やドルをデジタル化してブロックチェーンで送るだけでなく、例えばA銀行が自社の資産を価値の源泉としてAマネーなるデジタル銀行券を発行するような時代も来るかもしれない。
突飛な発想に思われるかもしれないが、そもそも円やドルにしても、最初は金や銀に価値を紐(ひも)付けて出発したのだが、その後、金や銀とのひも付けを止めて、発行体である政府と中央銀行との関係性を価値の根拠とする信用貨幣として独り立ちしていった。例えば、1Aマネー=1円としてスタートしたデジタル銀行券も、Aマネーへの評価が定着したら、自らの信用だけに基づく貨幣へと発展することも可能だろう。
<中銀の役割はどう変わっていくか>
かつてハイエクは、通貨を国家のコントロール下に置かず、通貨の発行と流通に「競争」を導入すべきだとの考えを示したが、今まさにそうした可能性について頭の体操をすべき時だろう。
これまで国家は国民に対し、その地域的支配力によって強制的に自国の造幣局や中銀が発行する貨幣しか使用できないように強制してきた。ところが、ビットコインは、そうした通貨流通に対する国家の地域的支配力に風穴を開けてしまった。それはまだ小さな穴だが、徐々に広がっていく可能性が高い。
無国籍通貨であるビットコインたちを規制するためには、世界政府が必要だが、それは夢物語だ。各国が懸命に規制で取引を制限しようとしても、穴をふさぐことはできないだろう。
また、銀行券をデジタル化して、ブロックチェーンで送るようになれば、少なくとも小口の決済や送金では、全銀システムはもとより、日銀ネットも不要になる。そうした決済システムを通じて業務を運営してきた中銀も、その影響力に限界を感じ始めることになるだろう。
さまざまな通貨の選択肢がある世界では、中銀も現在のように、「インフレを起こす(通貨価値を下げる)から、今のうちに消費した方がいい」といった景気対策としての金融政策は志向しにくくなるはずだ。そのロジックは今の通貨発行独占でこそ通用するが、ハイエクが描いたような貨幣発行競争の下では、より価値の安定している他の貨幣ソリューションに人々は向かうはずだからだ。
つまり、通貨の選択肢が増えれば、中銀は通貨の価値を貨幣保有者のために安定させるという利用者本位の行動原則に戻らなければならなくなる。ハイエクはその世界を主張していたのだと思う。
*本稿は、岩村充氏へのインタビューです。同氏の個人的見解に基づいて書かれています。
(聞き手:麻生祐司)
*岩村充氏は、早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。1974年東京大学経済学部卒。日本銀行企画局兼信用機構局参事を経て、1998年より現職。近著に「中央銀行が終わる日 ビットコインと通貨の未来」(新潮社「新潮選書」)。「電子マネー入門」(日本経済新聞社)「貨幣の経済学」(集英社)「貨幣進化論」(新潮選書)など著書多数。
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