特別リポート:中国金融システム脅かす「ゴースト担保」の実態
[1/5] 6月1日、中国では、銀行の監査人が実地調査に行くと、帳簿に記録されている担保が見当たらないことが頻繁にあるという。写真は、金属商社「徳誠鉱業」に対する融資で計数十億ドルの損失リスクにさらされた大手銀の1つHSBC。上海で2010年12月撮影(2017年 ロイター/Carlos Barria)
Engen Tham
[上海 1日 ロイター] - 電話の向こうの銀行員は激怒していたと、上海の弁護士Wang Chaoyuさんは当時を振り返る。中信銀行(CITIC)<601998.SS>からの300万ドル(約3億3500万円)近い融資の担保として提供されていた鉄鋼の山が、上海近郊の倉庫から跡形もなく消えたのだ。
その数カ月前の2013年半ば、Wangさんとその銀行員は倉庫を訪ね、鉄鋼があることを確認していた。「最初に行った時には、鉄鋼はあった」と、CITIC上海支店を代理する北京徳和衡法律事務所のWangさんは言う。「その後、銀行員が私に『担保に供された品がもうそこにない』と連絡してきた」
トラブルは2012年、CITICが未上場の鉄鋼商である上海漢寧鋼鉄有限公司に融資を実行した後に始まった。
ロイターが閲覧した調停の合意資料によると、上海漢寧は融資を返済できず、CITICが鉄鋼の所有権を取得。担保を回収するため同行の行員が倉庫を訪問したところ、291トンの鉄鋼の山が消えていることが分かったと、Wangさんは言う。同行は、いまだ法廷で損失回復の努力を続けている。
担保が行方不明になったことは、CITICにとって痛手だ。だがこれは、中国の金融システムの健全性を脅かしかねない、より大きな問題の存在を示している。それは、不正な「ゴースト」担保の問題だ。
中国では、銀行の監査人が実地調査に行くと、帳簿に記録されている担保が見当たらないことが頻繁にあるという。
担保として提供されたものがそもそも存在しないこともあれば、資金繰りに困った債務者が担保品を売り払ってしまっている場合もある。また、同一の担保を使って複数の金融機関から融資を受けていることもある。同じ鉄鋼の山が、10の異なる借り先に対する担保として流用されていることが発覚したこともあった、とある弁護士は振り返る。
中国本土の経済成長が、この四半世紀あまりで最も鈍化するなか、融資返済に汲々(きゅうきゅう)とした借り手が、債務不履行(デフォルト)に陥るケースが増えている。こうした状況下で、不正担保の問題は、中国の銀行が抱える不良債権問題を悪化させ、金融危機リスクを増大させる恐れがあると、エコノミストは警鐘を鳴らす。
成長が鈍化するにつれ、より多くの醜悪なサプライズが貸し手を襲うだろう、と重慶大学の辛清泉教授(会計学)は予想する。不正担保の問題は、今後さらに表面化すると同教授は見ている。
<偽の倉庫受領証>
格付け大手ムーディーズ・インベスターズ・サービスは5月24日、ほぼ30年ぶりに中国の債券格付けを引き下げた。中国経済の成長が鈍化し、債務が膨らむにつれて、今後数年で財務健全性が低下すると同社は予想している。
2008年の世界金融危機は、ずさんな融資基準と担保の過大評価が重なると、大惨事を引き起こすことを示した。メルトダウンを触発したのは、いわゆる「サブプライムローン」と呼ばれる借り入れ比率の高い融資の担保となっていた米国の住宅価格の急落にあった。
いま、世界第2の経済大国である中国の銀行セクターは、自身が抱える担保リスクに直面している。
不正をはたらく借り手、腐敗した銀行員、不十分なリスク査定、そして脆弱な法制度がすべて重なり合い、実質的な担保なき融資の山が、中国金融システムの重荷になろうとしている。
ロイターは、中国で数十件に及ぶ融資担保に関する裁判記録を閲覧し、弁護士や監査人のほか、銀行員30人に取材した。その結果、幅広いビジネスや業界で、ビルや民間アパート、銅や鋼鉄などの資産が不正担保として使われるケースが多発していることが分かった。
取材に応じた行員は、偽の土地証明書や倉庫受領証を使うなどして、不正に融資を獲得する手口を複数例見たことがあると語った。融資の審査担当者が借り手からキックバックを受け、担保価値が不十分でも目をつぶったり、疑わしい、もしくは偽造された書類であっても、そうと知りながら受け取る例は少なくない、と彼らの大半が指摘。そのうち2人の行員は自ら賄賂を受け取って融資の承認を進めたことを認めた。
取材に応じた、大手も含む13行に勤務する計30人の行員のうち、23人が「ゴースト担保」の存在は深刻な問題だと認識しており、中国経済が減速するにつれ、さらに問題が表面化すると予測している。
<ポンジ・スキーム詐欺>
この問題について、公式な統計や推計はない。だが、不正担保は「巨大な問題だ」と調査会社クロールで中国本土の企業調査を手掛けるバイオレット・ホー氏は語る。「担保財産に関する書類が怪しいことはよくある。銀行の融資担当者はそれを知っているし、仲介者も知っている。そしてその財産の所有者も知っている。つまり、実質的にはポンジ・スキーム詐欺のようなものだ」
銀行が裁判所に駆け込んでも、貸したカネを取り返せる保証はない。担保の法的保護が不適切な上、一部借り手の事業が複雑であることで、貸し手側の担保権行使が難しくなっているという。
CITICが上海漢寧向けに実行した約270万ドルの融資に起こったことがまさにそれだった。上海漢寧が債務不履行となった際、CITICは担保品を差し押さえる裁判所命令を得た後で、仲裁手続きに入ったとWang弁護士は言う。だが担保品は、依然見つかっていない。
ロイターの取材に対し、CITICは、案件は裁判所で執行中だが、行内でリスク管理の手続きを強化したと回答した。上海漢寧の代表者は取材に応じなかった。上海漢寧の登録住所を記者が訪ねたが、事務所の表示は見当たらなかった。
スイスの金融大手UBSによると、中国の負債総額は、2016年末に国内総生産(GDP)の277%に達した。これは過去最高の水準で、8年前のほぼ倍にあたる。
不良債権は急速に膨らんでいる。公的には、商業銀行の融資のうち不良債権に分類された割合は、3月末時点ではわずか1.74%だった。だが一部のアナリストは、貸し手は不良債権の本当のレベルを隠すことが多いと指摘しており、実際の数字はもっと高いとみている。
格付け会社フィッチ・レーティングスは昨年9月のリポートで、中国の金融システムにおける不良債権の割合は、全体の15─21%に上る可能性があると分析している。
中国の金融機関は、貸出しを大幅に拡大してきた。同国の中央銀行統計によると、2009年末に5兆8000億ドルだった融資残高は、4月末には17兆2000億ドルに膨らんだ。国際決済銀行は昨年9月、中国における融資の過剰な拡大によって、今後3年で銀行危機が起きる可能性が高まっていると警告した。
<逃れられないリスク>
格付け会社フィッチ・レーティングスが昨年発表した報告書では、中国の不良債権を一掃するには2.1兆ドルが必要だと試算している。これは、同国GDPの約5分の1に相当する。一方、世界金融危機時の米国では、直接的な銀行救済コストはGDPの約8%だった。
中国には金融危機を回避する手段があると、一部のエコノミストや銀行関係者は指摘。銀行に資金を供給するための潤沢な資金を、当局が備えているからだ。また、銀行や借り手である多くの大企業が国有であることから、中国政府は、危機をもたらしかねないデフォルトや差し押さえを回避させることが可能だという。
とはいえ、中国の金融システムが政府による救済期待に守られているという事実は、他国の銀行にあるような貸出リスクを判断するための評価手段が遅れているということを意味する。中国の銀行が借り手の信用を評価する上で物的担保が非常に重要なのはそのためだ。
中国銀行業監督管理委員会(CBRC)はロイターの質問に回答しなかった。
外資系銀行大手も不正担保リスクの影響を受ける恐れがある。
有名なケースでは、英国のHSBC <0005.HK>やスタンダード・チャータード(スタンチャート) <2888.HK>などを含む大手銀が2014年6月、山東省青島市にある金属商社「徳誠鉱業」に対する融資で計数十億ドルの損失リスクにさらされた。同社は、同じ金属在庫を担保として用い、融資を複数回受けていた。
HSBCの広報担当者はこうした説明に異議を唱え、そのような実質的リスクにさらされたことはないと述べ、それ以上は語らなかった。一方、スタンチャートはこの件についてコメントを差し控えた。徳誠鉱業からもコメントは得られなかった。
担保を実際に調査する際、銀行や弁護士を欺くのは難しいことではない。倉庫には鋼鉄や銅が大量に保管されていることが多く、担保を審査する未熟な担当者が見分けるのを困難にしている。
「鉄鉱石の山は、他の鉄鉱石の山と全く同じに見える」と、調査会社クロールのバイオレット・ホー氏は語った。
<不正の手口>
中国の不動産セクターにおける担保価値とその質の問題は、同国の銀行にとって懸念材料となっている。
中国では、高い担保カバー率が銀行を守ることにはならない理由の1つとして、フィッチは「極めて誤解を招くような」資産評価があると指摘。もう1つの理由は、不動産価格の急落だ。フィッチのグレース・ウー氏によると、中国で行われている融資の6割以上は、何らかの方法で不動産が担保として使われている。
誰でも閲覧できる中国全土を網羅する一貫した不動産登記制度がないことも、不正担保が増えている原因となっている。
「情報の透明性が完全に欠如している」とホー氏は言う。
米国では、不動産登記は公開されており、買い手は本来の持ち主を確認するため検索することが可能だと同氏は指摘する。「中国でそれはできない。情報を確認するのはそうたやすいことではなく、言葉を信じるほかない」
銀行関係者によると、不動産の買い手が実際に借りられるよりも多くの融資を可能とするため、しばしば偽のキャッシュフロー計算書が提出されることがある。また、抵当証券の改ざんも問題だという。
それこそ、世界銀行傘下の国際金融公社(IFC)が中国のある富豪によって何千万ドルもの大金をだまし取られた手口だった。
不正は2007年、中国財界の大物である馮光成氏が会長を務め、香港株式市場に上場していた浙江ガラスにIFCが融資した後に始まった。2年後、IFCは不快な発見をする。この件を直接知る人物によると、他の銀行と話し合う中で、IFCの担保が他の複数の銀行の担保に流用されていたことが発覚した。
心配になったIFCは、直ちに弁護団を浙江省の土地と企業登録を管轄する当局に派遣した。しかしそこで、さらなる驚くべき発見が待ち受けていた。複数の情報筋によると、土地や不動産、工業機械を担保とする抵当証券に押された判は偽物だったのだ。
<死んだ豚は恐れない>
だまされたと分かり、IFC当局者は2009年後半、浙江ガラスの馮会長に会うべく、浙江省の省都である杭州に向かった。部下を従えてテーブルの上座についた馮氏は、融資について詳しく話したがらなかったと、同席したある人物は当時をこう振り返る。馮氏はすぐさま抵当証券は偽物だと認め、話を先に進めようとしたという。
「彼の態度は『死んだ豚は熱湯をかけられても平気(すでに悪い境遇にある者に怖いものはない、という意味)』という様子だった」と、この人物は中国のことわざを引用し、馮氏の態度を表現した。融資はすでに失われていたため、同氏に罰を与えようとするいかなる試みも無駄だった。
2010年、浙江ガラスに対し、IFCに返済するよう裁判所が命じたが、実現することはなかった。中国メディアは2012年、馮氏が別の詐欺事件で8年半の実刑判決を受けたと報じた。同社は翌年、破産宣告し、上場廃止となった。この件に詳しい人物によると、IFCは結局、融資額の2%しか回収できなかった。
IFCはロイターに対し、本件は浙江ガラスによる大規模な詐欺行為に関連した個別案件だと回答。ロイターは馮氏の弁護士あるいは浙江ガラスの代理人に連絡を取ることはできなかった。同社は現在、清算されている。
また、銀行は必ずしも、無知な、あるいは不注意な犠牲者であるというわけではない。銀行員が仕切り役を務めている場合もある。
例えば2015年、中国メディアの報道によると、中国農業銀行<601288.SS>の幹部Yang Kun氏は、特に融資絡みで3000万ドル(約33億円)超の賄賂を受け取ったとして無期懲役を言い渡された。ロイターはYang氏からコメントを得ることができなかった。中国農業銀行もロイターに回答しなかった。
(翻訳:山口香子、伊藤典子、編集:下郡美紀)
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