コラム:トランプ大統領が失った「特権」
Alison Frankel
[ニューヨーク 9日 ロイター] - 米国大統領に就任する以前のドナルド・トランプ氏は、会社の経営者であり、また自身のテレビ番組を持つスターだった。
トランプ氏は、金ぴかのバックル付きシートベルトを装備した自家用機で好きな時に移動し、よく焼かれ、ケチャップが添えられたステーキディナーに間に合うようトランプタワーのペントハウスの自宅や、所有するゴルフクラブに帰宅するのが常だった。
もし特権が現実を特徴づける力だとすれば、不動産王トランプ氏の権力は「3段重ね」だった。
トランプ氏が大統領となって以来、「特権」は異なる意味を持つようになった。トランプ政権がモラー特別検察官の捜査対象となってからは特にそうだ。
ぬるま湯につかっていたような、大統領就任前のトランプ氏の生活を満たしていた権力と富とは異なり、大統領の特権は、同氏が考えているであろうよりも保護をもたらさない法律尊重主義だと、専門家は指摘する。
米連邦捜査局(FBI)前長官のジェームズ・コミー氏は8日、上院情報委員会の公聴会で証言を行い、トランプ大統領との会話をメモに記録していたことを確認した。そのなかには大統領とのプライベートな夕食も含まれるが、コミー前長官によれば、その折に大統領は忠誠を求めたという。また別の会話では、大統領は前長官に対し、国家安全保障担当の大統領補佐官だったマイケル・フリン氏に対する捜査をFBIがやめるよう求めたとされている。
コミー氏はまた、トランプ氏が2人の会話を巡って公に言及し、ツイッターでその内容を記録したテープの存在を示していることについて、非常に懸念を覚えたため、友人を通じて自身が取ったメモの存在とその内容を記者に公表させたことを明らかにした。
<トランプ氏の弁護士「不当な公表」>
コミー証言に対し、トランプ氏の個人的な弁護士マーク・カソウィッツ氏は声明を発表し、大統領との会話についてコミー氏が説明した内容についてだけでなく、前FBI長官がこうした会話を公表する権利についても異議を唱えている。
このような大統領との会合は特権的であると、カソウィッツ氏は指摘。コミー氏が「特権的に知り得た情報を不当に公表する、完全に報復的な」動機を抱いているように見えると主張した。
カソウィッツ氏には、コミー氏による特権侵害の可能性を引き続き問題視する狙いがあるようだ。ロイターが9日伝えたところによると、カソウィッツ氏は来週初め、司法省の監察総監室や、上院司法・情報各委員会へ申し立てを行う方針だ。
コミー前FBI長官が大統領の特権を侵害したとするトランプ大統領側の主張は、具体的にどのような特権が大統領と前FBI長官との会話を保護し得たのか、という問題を提起している。
筆者が以前指摘したように、2人の会話においてコミー氏は大統領の弁護士として振る舞っていたわけではなく、したがって弁護士・依頼者間の秘匿特権にとらわれることはない。
一方、ジョージ・ワシントン大法科大学院のジョナサン・ターリー教授は、コミー氏が捜査資料の不当開示に関するFBIの規則に違反したと主張する。
「どのように見ても、これはFBIの情報だ」とターリー教授は指摘。コミー氏はそれを公開するために手はずを整えたとし、「彼(コミー氏)の説明は極めて非倫理的な行為だ」と語った。
しかし、たとえ前FBI長官が捜査の詳細を不適切に公表したとしても、それはFBIあるいは司法省に属する特権にかかわるものであり、トランプ大統領に属する特権に関する違反ではないだろう。
コミー氏とトランプ大統領との会話に適用し得る、大統領が唯一手にする特権は、コミュニケーションに関する大統領特権である。
カソウィッツ氏による声明の含意はさておき、大統領特権は、大統領の会話全てを隠す権利を認めてはいない。もしそうであれば、元大統領顧問たちの回顧録が書店にあふれることはないだろう。
米連邦最高裁判所は1974年の「合衆国対ニクソン」判決で、側近とのコミュニケーションを秘匿する行政特権を主張した大統領の権利を制限した。当時のニクソン大統領に対し、特別検察官に録音テープの提出を命じたときのように、大統領特権は絶対的なものではなく条件付きであり、犯罪捜査の場合には適用されない場合がある。
コミー氏は、トランプ大統領との会話を記録したメモが、モラー特別検察官の手に渡ったと証言した。
<特権を放棄した大統領>
トランプ大統領は、コミー氏との会話を巡って大統領特権を行使する権利を放棄してしまったも同然だ。そうでなければ、大統領はツイッターやインタビューで会話の詳細を公開しなかっただろうし、その後、同氏の議会証言を阻止すべくホワイトハウスも特権を行使していたはずだ。
トランプ大統領はコミー氏解任を通知する5月9日の書簡のなかで、自身が捜査対象ではないことを、コミー氏から3回明言されたとしている。(コミー氏は上院で行った証言でその主張を確認した。)
大統領はその後、コミー氏との会話について新たな内容をツイッターで公開した。最も注目すべきは、NBCのレスター・ホルト氏とのインタビューにおいてだ。
大統領と側近らは、コミー氏の証言を阻止すべく大統領特権を行使すべきか検討した。だが、行使しないことを選んだのは見ての通りだ。
しかし彼らの慎重さは、トランプ氏が今となっては大統領特権を主張できないことについての、いかなる疑念もぬぐい去ってしまったと、オバマ前政権で次席法律顧問を務めたサバンナ法科大学院のアンドリュー・ライト教授は指摘する。
「彼(トランプ大統領)は特権を保とうとしなかった」とライト教授は述べ、コミー氏のメモに関して包括的な特権があるとするカソウィッツ氏の主張を「でたらめ」と呼んだ。
上院での証言はまた、コミー氏にとって副産物をもたらすことになるだろう。同氏も認めているように、トランプ大統領に仕えた4カ月間でいくつか疑問の余地がある決断を行ったからだ。
コミー氏自身の証言によれば、同氏は「誠実な忠誠」という言葉の理解を共有しているという確信のないまま大統領に請け合い、フリン氏の捜査をやめるよう大統領から求められたとする際に強く反対できなかったという。
<コミー氏は情報漏えい者か>
特別検察官の任命を促すため、自身のメモの一部を公表するよう友人に依頼したいう告白によって、コミー氏は情報漏えい者との非難にさらされている。
テキサス大学オースティン校ロースクールのスティーブ・ブラデック教授によると、コミー氏は、政府の情報漏えい者を訴追するために最もよく使われる2つの法律、スパイ活動法と資産の転換に関する米連邦法に違反していない。なぜなら、国家防衛にかかわる機密情報もしくは金銭的価値を持ち得る情報を公開したわけではないからだ。
とはいえ、ブラデック教授は、前FBI長官が自身のメモの公開を画策すべきではなかったとの見方も示し、「違法ではないが、間違っていた」と筆者に語った。ターリー教授も、コミー氏について「プロらしくない」「キズモノ」だと評した。
言い換えれば、トランプ大統領やカソウィッツ氏、そして彼らの仲間たちには、コミー氏に対して使用できる数多くの攻撃手段がある。だが、FBI長官と話す際、大統領に特権を行使する権限があるという考えは抜きにしよう。
制限なき特権感覚は、最高経営責任者(CEO)としてのかつての生活で、トランプ氏が下してきた決断の特徴と言えるかもしれない。だが、そのような生活がもう終わったと、大統領はまだ認識していないように見える。
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