コラム:円安株高は行き過ぎか、気になるシグナル=村上尚己氏

コラム:円安株高は行き過ぎか、気になるシグナル=村上尚己氏
 5月15日、アライアンス・バーンスタイン(AB)のマーケット・ストラテジスト、村上尚己氏は、最近1カ月間の株高・ドル円上昇の原動力は過度のリスク心理が和らいだことであり、すでに十分リバウンドしたことを考えると、一段のドル高が進む余地は限定的だろうと予想。提供写真(2017年 ロイター)
村上尚己 アライアンス・バーンスタイン(AB) マーケット・ストラテジスト
[東京 15日] - 前回4月7日付のコラムでは、リスク回避的な市場心理が強まる中で、米国債と日本円が割高であると指摘した。
その後ドル円は一時108円台まで円高が進んだ場面があったが、4月後半からは北朝鮮有事とフランス大統領選挙を巡るリスクの後退を受け、株高とともにドル円は大きく上昇。ゴールデンウィーク明けもその流れは止まらず、3月中旬以来となる114円台を一時回復した。現在も113円台前半から半ばで推移している。そして、日経平均株価も上昇し、2万円の大台に再び接近してきた。
ここ数カ月、日々目まぐるしく変動するシリア・北朝鮮情勢が市場センチメントに大きく影響していた中で、投資タイミングを計るのは難しかった。ただ、4月に筆者が示したドル円についての判断は、結果的にはおおむね正しかったことになる。
改めて指摘すれば、ドル円を3月中旬の水準まで戻した主な原動力は、4月中旬までみられた過度のリスク心理が和らいだことだろう。とはいえ、本音を言えば、なぜあれほどリスク回避の心理が高まったのか、不思議に思う。
そもそもフランス大統領選については、従来から「相場のノイズ」にすぎないと考えていたので、筆者は注視していなかった。中道派と目されるマクロン氏の勝利が織り込まれる過程で、欧州株は米国株をアウトパフォームする上昇となったが、「ルペン・リスク」後退だけで、そうした動きを正当化できるのか違和感を覚える。マクロン大統領誕生で、フランス経済が復活する可能性が高まったとは思われない。
北朝鮮情勢にしても、表に出てくる米中の駆け引きや朝鮮人民軍創建記念日などに懸念された衝突が起きなかったことをみて、市場がひとまず安心したのは理解できるが、金正恩・朝鮮労働党委員長がどのような行動をとるか分からないという状況は、新たな核実験が行われるのではないかと危惧された4月当時と根本的には変わっていない(実際、14日早朝に北朝鮮は新型とみられる弾道ミサイルを発射した)。
要するに、過去1カ月余りの株高・ドル円上昇は、欧州政治や地政学リスクに対する過度のリスク心理が和らいだことによるリバウンド(反動)が強めに出た側面が大きいと考えている。そうした意味では、短期的には十分に高い水準まで来たとみている。
ちなみに、為替市場では、フランス大統領選への楽観に加えて、欧州中央銀行(ECB)の量的緩和(QE)手じまいの思惑が、ユーロ高を後押ししている側面もある。ユーロ高と欧州株高が持続するほど、欧州経済ファンダメンタルズが絶好調とは言い難い点は付け加えておきたい。
<高まるトランプノミクス「失望」リスク>
さて、ここから先のドル円や先進各国株式の上値余地をどうみるか。仮に地政学・政治に起因するリスクがこのまま落ち着いたままなら、米国を中心としたファンダメンタルズ、トランプ米政権の経済政策が再び注目されるだろう。
筆者は、昨年秋の米大統領選後から、トランプ氏が掲げる拡張的な財政政策(トランプノミクス)が実現することを想定してきた。そのため、トランプ相場の持続性については総じて強気にみていた。地政学動向・欧州政治はノイズであり、トランプ政権下での米経済動向が金融市場のパフォーマンスを決すると考えている。
そして、4月のコラム執筆時点では、トランプノミクスについて見方を変えていなかったので、株安とともに起きた円高は行き過ぎに思えたし、米債券も割高だと判断したのである。
ただ、2017年の金融市場のパフォーマンスを決する、米経済(およびトランプ減税の実現可能性)については、4月半ばから市場心理が改善しているのとは対照的に、筆者の認識は慎重方向に傾いている。そもそもシリア・北朝鮮情勢が緊迫化した一因は、トランプ政権の外交政策転換にあるが、外交面での大きなアクションは、経済政策に対するトランプ政権のポリティカル・リソース(政治的資源)が少なくなることを意味するからだ。
医療保険制度改革法(オバマケア)代替法案と減税政策の審議に直接的な関係はないが、ムニューシン財務長官などの想定よりも減税法案成立が後ずれする可能性は高まっているとみられる。さらに言えば、経済全体を押し上げる規模の経済政策を議会で通すために、十分なポリティカル・リソースが傾けられるのか、事態は流動的になっているように思える。
これは政治状況次第だから当然予想は難しいわけで、筆者の見立てが外れる可能性もあるが、少なくとも財務長官が公言している3%成長実現は微妙になってきている。ちなみに、ロス商務長官は9日、ロイターとのインタビューで、3%成長目標について「今年は明らかに達成不可能」と述べている。今後、トランプノミクスに対する失望が、市場で一段と強く意識されるかもしれない。
<債券市場が正しければドル高余地は小さい>
もちろん、米経済の成長率が高まらなくても、世界経済の成長率は2017年1―3月までは堅調だったし、企業景況感など改善が続いていたソフトデータに変調はみられない。世界経済の回復が株高を支えるというストーリーは依然成立する。
ただ、4月の中国購買担当者景気指数(PMI)の低下、また株高の中での原油などの資源価格下落は、世界経済の勢いが今後減速するリスクを感じさせる。これらの兆候は通常であれば懸念すべき要因ではないが、最近1カ月のリスク資産のラリーは、地政学リスクから解放されたリバウンドが強めに出ているという筆者の見立てからするとどうしても気になる。
また、3月中旬に2.6%台まで上昇した米長期金利はその後2.1%台まで低下し、ここにきて戻してきているが、米国株(S&P500)が再び最高値を更新する中でも、2.4%程度までの上昇にとどまっている。株式市場と債券市場に引き続き温度差があると思われるが、米国債市場の方が米経済・トランプ政権を冷静に判断していると筆者は現時点では考えている。
そして、米長期金利とドル円の水準感にもズレがある。特に5月に入ってからのドル円の上昇は、株高やテクニカル要因に支えられている側面が大きいとみている。筆者は現状、米債券市場の見立てに近いが、その見方が妥当ならば一段のドル高が進む余地は限定的になる可能性がある。
*村上尚己氏は、米大手運用会社アライアンス・バーンスタイン(AB)のマーケット・ストラテジスト。1994年第一生命保険入社、BNPパリバ、ゴールドマン・サックス、マネックス証券などを経て、2014年5月より現職。著書に「日本経済はなぜ最高の時代を迎えるのか?」(ダイヤモンド社、17年2月)など。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
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