コラム:欧州での攻撃増加、薄れる政治的インパクト

コラム:欧州での攻撃増加、薄れる政治的インパクト
5月23日、英マンチェスターで22人が死亡した22日の自爆攻撃について、過激派組織「イスラム国」(IS)が素早く犯行声明を出したことは、驚くに値しない。写真はマンチェスターで23日撮影(2017年 ロイター/Peter Nicholls)
Peter Apps
[23日 ロイター] - 英マンチェスターで22人が死亡した22日の自爆攻撃について、過激派組織「イスラム国」(IS)が素早く犯行声明を出したことは、驚くに値しない。
折しもイラクでは、米国の支援を受けたイラク軍により、ISが支配していた第2の都市モスルが陥落しようとしており、シリアでは本拠地のラッカが(シリアの民兵組織に)包囲されている。ISは、のどから手が出るほど自らを正当化する根拠が欲しい状況だ。
西側への攻撃は、数少ない残された選択肢の一つだ。
ISは今回の自爆攻撃を「十字軍」への復讐だとしているが、米国や英国の当局は、現段階で犯行をISによるものと断定していない。
真相が何であるにせよ、ISは他の、より深刻かもしれない問題に直面している。ISによる欧州への攻撃は衝撃的ではあるが、政治面での「効果」は弱まっている。
ISは、攻撃により社会が分断され、元々の住民と最近のムスリム系移民の間に亀裂を生むことを狙っている。そうなれば、イスラム共同体を率いる「カリフ」と呼ばれる中東の政教一致体制のみがイスラム教徒を守れるというISの理屈が強化され、地域戦闘に参加したり、遠隔地で攻撃を実行したりする新規戦闘員も増やせるかもしれないからだ。
だが、それは実現していないようだ。
欧州での出来事は、ISが、分断という使命に失敗しつつあることを示している。2015年1月以降、フランスは、ほかの西側諸国のどこよりも頻繁で強力なイスラム過激派の攻撃の標的にされてきた。だが5月に行われた大統領選の最終投票で、フランスの有権者は、反イスラムを強く訴えた極右政党・国民戦線のマリーヌ・ルペン候補を退け、中道派のエマニュエル・マクロン氏を当選させた。
4月に行われた大統領選1回目投票のわずか4日前に、パリ中心部のシャンゼリゼ大通りでIS戦闘員によるとみられる攻撃があり、警官1人が死亡したのにもかかわらず、この結果になった。攻撃により、極右の得票が増える懸念が指摘されたが、そうなった証拠はない。
同様にドイツでも、12月にベルリンのクリスマス市場に対する攻撃で12人が死亡したにもかかわらず、(それ以前の)武装攻撃で加熱した移民に対する反発は沈静化しつつあるようだ。
メルケル首相は9月の連邦議会(下院)選挙の勝利を固めつつあるとみられ、より権力を盤石にする可能性すらある。
英国では、マンチェスターでの自爆攻撃を受け、各政党が一時的に選挙運動を中止した。しかしながら、今回の事件が総選挙に影響することはないとみられる。英国民の間でも、フランスが2015年に導入した非常事態宣言のような、治安部隊に広範な捜査や容疑者拘束の権限を与える仕組みの導入を求める世論は高まっていない。
警察による監視強化には限界がある。2015年にパリでコンサート会場や近くのレストランが襲撃され、130人が死亡した攻撃では、ISは実行犯を中東から欧州に送り込むことができたとみられている。だが最近では、インターネットでISが広めたプロパガンダによって過激化した個人が攻撃を実行し、その後、ISが犯行声明を出す傾向が強まっている。
ある意味、ISにはほかに選択肢がない。欧州の治安当局は、戦闘員のネットワーク摘発に熟練するようになったが、「一匹狼」を追跡するのは当然困難だ。もしマンチェスターの自爆犯がグループの一員だったなら、メンバーは比較的早期に特定されるだろう。
マンチェスターのコンサート会場のように「ソフト」な標的への攻撃を未然に防ぐのは、不可能に近いほど難しい。手作りの爆発物について、警察は必要な部品や素材の購入を検知して爆弾が完成する前に作成者を検挙する捜査の精度を上げているが、それでも技術と必要な素材があれば、いつでも爆弾は作ることができる。仏ニースのトラック突入事件などが示すように、粗雑だが効果的な攻撃方法はいくらでもある。
パリやニース、ブリュッセル、そして今や、マンチェスターでこれだけの犠牲者を出しながらも、イスラム系武装組織が欧州に及ぼした影響は、パキスタンやナイジェリア、パキスタンなどに比べて少ない。
こうした国々も、驚くべき回復力を見せている。時折、攻撃を懸念する世論が、大きく政治に影響したこともある。イスラム過激派「ボコハラム」が2014年に、ナイジェリアで女子学生200人以上を誘拐した事件は、翌年の大統領選で当時現職だったグッドラック・ジョナサン氏が野党のムハマドゥ・ブハリ氏に敗北した一因とみられている。だが通常は、政治に大きな影響を及ぼすことはない。
攻撃によって国内の政治環境が変化するか否かは、攻撃の衝撃度による。例えば、2001年の米同時多発攻撃による世界貿易センタービルの崩壊は、史上前例がない規模と惨状で、中東や闘争性についての西側の考え方を一変させた。しかしながら、米国が、学校での乱射なども含めて銃による暴力を許容していることは、ひどい事件がいかに普通になってしまい得るかを示している。
マンチェスターの自爆攻撃は、2005年7月にロンドンの地下鉄やバスが爆破された事件以降、最も深刻なものだ。だが、欧州大陸で起きた他の攻撃の後では、3月にロンドンの国会議事堂付近で起きた襲撃も、今回の攻撃も、驚きを感じられなかった。それで嘆きや悲しみが減る訳ではないが、政治的な影響の広がりは抑えることができる。
ISは、支配地域を失いつつも戦闘を続けるだろう。もし壊滅させられたり、自ら墓穴を掘って正当性を失っても、他の勢力が代わりにその場所を埋める。皮肉なことに、ISがさらなる攻撃を仕掛ければ仕掛けるほど、個々の攻撃のインパクトは減ることになる。
*筆者はロイターのコラムニスト。元ロイターの防衛担当記者で、現在はシンクタンク「Project for Study of the 21st Century(PS21)」を立ち上げ、理事を務める。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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