コラム:トランプ政権とメディアの戦い、得をするのは誰か

コラム:トランプ政権とメディアの戦い、得をするのは誰か
 1月24日、トランプ米政権が発足した20日にワシントンポスト紙は大統領の動きを報じる1面記事で、まだ24時間も経たない就任式の天候に関するトランプ発言に対して反論したが、これは大統領とメディアの間に築かれつつある、過去に例のないほど険悪な関係を早くも予感させるものだ。写真は大統領就任式の全景写真。ワシントンで20日撮影(2017年 ロイター/Lucas Jackson)
Peter Apps
[24日 ロイター] - トランプ米政権が発足した20日、ワシントンポスト紙は大統領の動きを報じる1面記事で、まだ24時間も経たない就任式の天候に関するトランプ発言に対して反論した。
これは大統領とメディアの間に築かれつつある、過去に例のないほど険悪な関係を早くも予感させるものだ。こうした対立は、双方にとって、そしてもちろん、読者や視聴者、あるいは米国の民主主義にとっても無益であろう。
通常の業務が始まるなかで、ホワイトハウスは、政権運営の順調な開始をかなりうまくアピールしている。環太平洋連携協定(TPP)、女性の医療、移民、オバマケアといった問題に対して政権がさっそく見せた動きについては、賛否が大きく別れている。だが少なくとも、「自らの公約を実行に移そうとしている大統領と政府」という体裁が整っているのは確かだ。
だが、就任式典に集まった聴衆の数について、週末に見られた醜い争いの影響が、今後も長く尾を引いたとしても不思議はない。
就任式典の聴衆を撮影した検証済みの写真のほか、ソーシャルメディアに投稿された写真、ワシントン首都圏交通局からの報告といった多くの証拠から、トランプ大統領が就任した式典の参加者が、オバマ氏が就任した2回のいずれよりも少なかったことは確実と言える。
しかし、そのような事実はさておき、この論争に関してトランプ氏率いるホワイトハウス、そして、それよりはややマシとはいえ、米国や世界各国のメディアによるこの論争へのアプローチは、どちらもばかげており不誠実だ。
トランプ大統領とホワイトハウス、そして彼の報道官が、今回の就任式典参加者が史上最高だったなどという嘘を言い張ろうとしているのは、ほとんど狂気の沙汰だ。中央情報局(CIA)本部における大統領の記者会見で、これを主要な話題に加えたことも、やはり失敗だった。
選挙期間中なら、こうした行動もうまく行った。口達者にジャーナリストと闘うことで、トランプ氏はメディアの見出しを飾ることが出来た。だが、大統領としてはひどい選択である。
皮肉なことに、現実を否定しようと試みさえしなければ、トランプ政権には多少の同情の余地があっただろう。
フォックスニュースなど以前からずっと右寄り傾向にあるメディアを別とすれば、米国メディアの多くはリベラルであり、明らかにトランプ氏と対立している。したがって、こうしたメディアは必ずしもトランプ氏を公平に扱ってこなかった。
国際的な報道機関も同様だ。たとえば、英インディペンデント紙の「就任式典史上最も気まずい瞬間」という記事がある。これは、20日にトランプ氏の妻メラニアさんが、オバマ夫妻との礼拝のために夫と共に到着した際の出来事だった。
メラニアさんが退任するオバマ大統領夫妻のためのプレゼントを持参し、ミシェルさんは一瞬、戸惑った様子を見せた後でそれを夫に渡している。もちろん「フェイクニュース(偽ニュース)」ではないが、本当にリアルなニュースと言うほどのものでもない。
就任式典の参加者数をめぐる報道の多くに見られた、オバマ氏の就任式典に比べて大幅に少ないことを皮肉るトーンは、トランプ政権の正統性の乏しさや広範な支持を受けていないことを故意に印象づけようとしているように思われる。
確かに、米大統領選の一般投票におけるトランプ氏の得票は民主党のヒラリー・クリントン候補より約300万票も少なかったが、この段階で問題にすべきことではない。ところが奇妙なことに、トランプ大統領は23日、連邦議員たちとの初会合の場でこの問題を蒸し返し、数百万人の移民による不正投票がなければ一般投票でも自分が勝っていたはずだという、広く否定されている主張を繰り返した。
結果として、また新たにひどい見出しで報道されてしまった。
「代替的な真実(オルタナティブ・ファクト)」などというものは存在しないかもしれないが、しかし、ときには「代替的な説明」は存在する。ワシントンで行われた大統領就任式典において、トランプ氏よりもオバマ氏の方が多くの人々を集めた主な理由は、実はきわめて単純なことかもしれない。
ワシントンには民主党支持の有権者がひしめいている。その多くは、黒人初の大統領当選に非常に強い思い入れを抱いたであろう、アフリカ系米国人だ。トランプ氏の支持層も熱狂していたかもしれないが、あいにくその多くはワシントンから遠く離れた土地に住んでいる。
大統領自身が当然ながら指摘したように、就任式典のテレビ視聴率は非常に高かった。実際、オバマ氏の2013年の就任式典を上回ったほどだ。それでもオバマ氏1期目の2009年には及ばなかったが。
今回の就任式参加者数について盛んに報じたメディアの多くは、オバマ氏の2期目の就任式の参加者数が1期目に比べて約半分まで減少したことについては、これほど騒がなかった。
オバマ氏の在任期間を通じて、メディアを黙らせようとする政権側の試みに対してホワイトハウスの報道陣が正当に反発したこともあったが、これほど早い時期からトランプ氏と積極的に対立したところで、メディア自身にとってはほとんど益するところはない。
とはいえ、トランプ政権が最初から露骨な嘘を述べ立てようとするのであれば、報道陣としては選択肢は他にないかもしれない。
もちろん、トランプ政権の発足にあたり、まずメディアや現実そのものに対する攻撃から着手するという戦略が裏にあるということも考えられる。悪質な政権や個人が昔から使っていた原則の1つは、人々の現実や倫理に対する感覚を揺さぶることによって自分の狙いを実現しようとする、というものだ。誰の言うことも信じられないのであれば、権威のある者に疑問を呈することも難しくなる、という発想だ。
後になって間違いだと分かることの多いうわさを拡散する、というのは、プーチン大統領が率いるロシアのデマ戦術の核心部分だった。昨年の例では、ドイツでロシア系ドイツ人の少女が難民に拉致されたといううわさがそうだ。当局とメディアは後にデマだと結論づけた。
これがもっと親密な人間関係のなかで生じる場合については、「ガスライティング(ガス燈)」という用語さえ存在する。相手を狂気に追い込む、あるいは少なくとも「自分はおかしくなってしまったのではないか」と思い込ませて、自分の意志を押し通すという手法だ。
この言葉は、1944年の米映画「ガス燈」で、策略を弄する夫が、家の中のガス灯の明るさを変化させておきながら「何も起きていない、君がどうかしている」と否定することで妻を狂気に追いやっていくという物語にちなんでいる。
これに似たことが起きている可能性もあるが、それは怪しいと筆者は考えている。少なくともホワイトハウスは単に、トランプ新大統領が、それがたとえ完全に説明不可能で意味のないことであっても、いかなる点においても前任者より劣っていると思われるのを我慢できない、という印象を周囲に与えている。
トランプ政権に対しては、あらゆる報道関係者が公平な態度で耳を傾けるべきである。何と言っても、少なからぬ有権者が抱く非常に現実的な懸念の結果として、トランプ氏は大統領に選出されたのだから。しかし現在の状況は、望ましい幕開けではない。
*筆者はロイターのコラムニスト。元ロイターの防衛担当記者で、現在はシンクタンク「Project for Study of the 21st Century(PS21)」を立ち上げ、理事を務める。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)
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