コラム:米司法は機能するか、試金石のトランプ入国制限令

Alison Frankel
[ニューヨーク 6日 ロイター] - 米国の統治機構のなかで、政府の権限を頻繁に制限できる唯一の部門が司法である。憲法に定められたチェック・アンド・バランスのシステムにより、裁判所には、連邦議会や大統領が暴走していないかどうか判断するよう求められている。
だが、終身制となっている連邦最高裁判所の裁判官が、自らの憲法上の権限を踏み越えているかどうかは(同僚の裁判官らを別にすれば)誰にも分からない。つまり、三権分立のシステムは、裁判官の賢明な行動に依存しているのである。
トランプ政権はこのシステムが壊れていると判断した。シアトル連邦地方裁判所のジェームス・ロバート判事が3日、1週間前に打ち出されたイスラム圏7カ国からの入国を制限する大統領令に対する、ワシントンとミネソタ両州からの執行差し止め請求を認めたからだ。
米司法省は、ロバート判事の差し止め命令の取り消しを求めて第9巡回連邦控訴裁判所に申し立てた。根本的には、誰に入国や出国を認めるかという大統領の決定権限について検証する権限を自制するよう連邦裁判所に求めたことになる。
トランプ政権側の発表によれば、連邦最高裁はすでに「移民に関する決定について行政府が正当な根拠を提示している限り、裁判所は大統領に従わなければならない」という意見において、自らの権限が制約されていることを認めている、という。
これに加えて、裁判官らが合衆国憲法と連邦議会によって大統領の裁量範囲として認めている領分を侵しており、彼らに管轄権のない政策を混乱させている、と司法省は主張している。
<州側の主張する「権利と義務」>
一方、ワシントンとミネソタ両州は5日遅く、国籍に基づく差別を禁じた憲法及び連邦議会の原則を愚弄するような、前例のない移民・難民政策の裏側にある動機を検証する「権利と義務の双方」が裁判所にはある、と主張した。
連邦控訴裁としては、裁判所が大統領による移民政策を検証する権限の範囲という本質的な問題に触れないまま、いくらでも専門的な細部に基づいて判断を下すこともできる。そもそも同裁判所にこの上訴を審理する管轄権があるのか、ワシントン・ミネソタ両州が州民に代わって差し止め請求を行う立場にあるのか、などの点だ。
とはいえ、今回の件が決着しても、裁判所の権限をめぐる問題が解消されるわけではない。トランプ政権は攻撃的な移民政策を進めようとしており、裁判官は、自分たちがどの程度政権の行動を精査できるのか知る必要がある。
トランプ大統領は、自身が適切だと考える三権分立について、先週末のツイッター投稿で明らかにしている。
ジョージ・W・ブッシュ大統領の指名を受けて上院で満場一致の承認を受けたロバート判事を「いわゆる判事」とあざけり、「裁判官が国土安全保障省による渡航禁止を停止させ、良からぬ意図を持つ人間までが入国してきたら、私たちの国はどうなってしまうのか」とツイートした。
トランプ大統領は5日、再び自身の国家安全保障政策に対する司法介入に疑義を呈した。「1人の裁判官がわが国をこんな危険な状態にするなど信じられない」とツイート。「何か起きたら、彼と裁判制度の責任だ。人々がなだれ込んでくる。最悪だ!」
大統領のコメントは、ロバート判事の権威に対する根拠のない侮辱だと筆者には思われるが、彼のツイートは、司法省がこの1週間、ワシントン州とミネソタ州からの差し止め請求に対して主張してきたことを凝縮しているにすぎない。
トランプ政権は、国家安全保障に関わる事項に関する大統領の裁量権について「司法が後から口出しする」ことを警告している。トランプ政権によれば、この裁量権は連邦議会によって移民法の規定のなかで条文化されたものであり、国家の安全が脅かされている場合に、行政府が米国への入国許可を停止する権限を保証しているという。
<大統領の裁量権への介入か>
司法省は4日に提出した弁論趣意書のなかで、さらに、裁判官は大統領が目にする機密情報にすべてアクセスできるわけではないため、「将来のリスクに対する大統領の予防的な判断を批判するには、裁判所は特に準備不足」であるとの主張を追加している。
司法省によれば、裁判官らは、「外国人の入国に関する行政府の独占的な権限」を侵害することにより、憲法に定められた三権分立の原則に取り返しのつかない損害を与えているという。
これらの主張を裏付けるため、政権は連邦最高裁による2つの判例を引用している。1972年の「クラインディンスト対マンデル」判決、そして2015年の「ケリー対ディン」判決である。いずれも、特定の外国人に対してビザを発給しないとした国務省の決定に対する米国市民による訴訟である。
クラインディンスト判決では、ベルギーの革新派ジャーナリストの入国を拒否することにより、政府が憲法修正第1条(信教や表現、集会などの自由)を侵害していると複数の米教授が主張。ケリー判決では、過激派組織タリバンの元メンバーと結婚した女性が、夫へのビザ発給拒否について政府は説明する義務があると主張した。
いずれの事件においても、連邦最高裁は、政府にビザ発給を拒否する「表面的に正当であり誠実な」理由がある場合、裁判所は行政府による裁量権の行使を精査するべきではないと判示した。
「この理由は国家安全保障の分野においては特に有力である。この分野について連邦議会は、この国への入国を求める非市民によるビザ申請に関して、具体的な法令上の指針を定めている」。ケリー判決における補足意見のなかで、アンソニー・ケネディ判事はそう述べている。
司法省の立場は不合理とも言えない。
ボストン連邦地方裁判所のナサニエル・ゴートン判事は3日、トランプ大統領令の執行を禁じた一時差し止め命令の延長を拒否し、移民政策に関する裁判所の監督権を限定的とする政権側の意見に同意している(そして週末のトランプ大統領による別のツイートのなかで称賛されている)。
ゴートン判事は、クラインディンスト判決などの判例を引用しつつ、「大統領はその幅広い権限を行使し、一部の外国人の入国を停止した。恐らく、審査手続を検証するためのリソースを確保し、テロリストによる攻撃を防ぐための適切な基準が導入されるようにするためである」と記している。
<「不誠実」の証明>
だが、ワシントン・ミネソタ両州は5日、連邦控訴裁における司法省への回答のなかで、国家安全保障に関しても、連邦最高裁判所は行政府に必ずしもフリーパスを与えているわけではない、と反論している。
それが特に顕著なのは、2000年代初頭の一連の判例だ。裁判所は、ジョージ・W・ブッシュ政権による激しい抗議を押し切って、キューバのグアンタナモ米海軍基地に拘束された収容者に対して憲法上の権利を認めた。両州の弁論趣意書は、「裁判所は(トランプ政権の移民政策よりも)はるかに安全保障上の意味が大きい行政府の決定についても、日常的に検証している」と述べている。
さらに両州によれば、2015年のケリー判決におけるケネディ判事の補足意見においても、「政府が不誠実に行動したという十分な証拠がある場合には裁判所は行政府の動機を検討することができる」と明示しているという。
イスラム圏7カ国からの入国を制限するトランプ政権の政策は、事実上ムスリムに対する入国禁止措置であり、憲法修正第1条にある信教の自由に関する条項に違反する、と両州は主張している。
一時的とはいえ、7カ国からの渡航を無条件で禁止するような包括的な移民制限命令に関して、何が適切な基準となるのだろうか──。トランプ政権についての他の多くの問題と同様に、予測は困難である。
*筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)
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