視点:「悪いトランプ」は杞憂か、劇場政治の罠=安井明彦氏

視点:「悪いトランプ」は杞憂か、劇場政治の罠=安井明彦氏
 12月21日、みずほ総合研究所の安井明彦・欧米調査部長は、トランプ氏は規格外の大統領として劇場型政治を行う可能性が高く、政策の振れ幅には覚悟が必要だと指摘。提供写真(2016年 ロイター)
安井明彦 みずほ総合研究所 欧米調査部長
[東京 21日] - ドナルド・トランプ氏は規格外の大統領として劇場型政治を行う可能性が高く、政策の振れ幅には覚悟が必要だと、みずほ総合研究所の安井明彦・欧米調査部長は指摘する。
経済政策については、選挙公約通りならば「大きな政府」路線であり、伝統的に均衡財政を重視する共和党議会との亀裂が深まった場合には、民主党との協力画策もあり得ると見る。
同氏の見解は以下の通り。
<「良いトランプ」楽観は禁物>
トランプ氏の政策には、経済にプラスの要素(「良いトランプ」)とマイナスの要素(「悪いトランプ」)が混在している。この「2つのトランプ」のうち、市場は現在、「良いトランプ」に期待し、好反応を示していると言える。
ただ、今後は「悪いトランプ」が出てくることにも注意が必要だろう。
そもそもトランプ氏が掲げる優先政策分野には、税制改革やインフラ投資、規制緩和などの「良いトランプ」がある一方で、北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉や環太平洋連携協定(TPP)離脱、移民コントロール強化などの「悪いトランプ」が顔を並べている。
まず懸念されるのは、保護主義的な方向への通商政策の見直しだ。NAFTA再交渉により特恵税率が失われた場合の関税負担増は、米国がメキシコを上回ると見られる。また、自動車に対する関税引き上げは、メキシコに工場を持つ米系メーカーの収益を直撃する。
移民制度改革も気掛かりである。トランプ氏は、不法移民の本国送還を示唆し、厳格な移民政策を標榜しているが、移民は米国の重要な労働力だ。規制強化が移民減少につながれば、すでに完全雇用状態にある米国経済の成長余力を損ねることになろう。
さらに、「良いトランプ」であるはずの税制改革・インフラ投資についても、潜在成長率向上を伴わない大盤振る舞いに終われば、財政効果がいずれ消失したあとは、経済の失速を招き、膨大な財政赤字を残すだけとなる恐れがある。
ちなみに、市場にはトランプ次期大統領と1980年代のレーガン大統領の経済政策思想が似ているとの見方が多いが、両者には決定的な違いがある。貫く理念の有無である。
就任演説で「政府は問題の解決策ではない。政府こそが問題なのだ」と述べていたように、レーガン大統領には「小さな政府」という理念があった。確かに、トランプ氏が大規模な減税と歳出拡大を提案しているように、レーガン時代も拡張的な財政運営が行われた。しかし、レーガン政権の拡張財政はあくまでも結果論だ。
これに対してトランプ氏は、「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」以外、経済政策思想上の理念があるようには思えない。理念がないだけに、政策の先行きは読み難い。よく言えば柔軟だが、先入観にとらわれていると足をすくわれかねない。
<先入観を覆す閣僚人事>
トランプ次期政権については、分からないことが多すぎる。閣僚人事を見ても、複数のシグナルが混ざり合って方向性が読みにくい陣容になってきた。
そもそも、それがトランプ氏の計算によるものなのか、それとも同氏に協力したくない人が多い中で、切れるカードを組み合わせた結果なのか、あるいは個人的に気が合う人だけを集めた布陣なのか、真意が読み取りにくい。
これは、同氏の発言にも言えることだが、額面通り受け取るべきか、何か裏があると勘ぐるべきなのか距離感がつかめない。それゆえに国内外の政財界キーパーソンたちが「トランプ詣で」に熱を上げているのだろう。トランプ氏にさまざまなアイデアが提案されている状況は、同氏の術中にはまっている可能性もある。
そうしたなかでも、閣僚人事を見渡すと、いくつかの特徴は指摘できそうだ。まず軍経験者と金融業界出身者(特にゴールドマン・サックス元幹部)が多いことである。
軍人に関して言えば、対テロ政策に関心が強く、現場に明るい人選が行われた印象だ。特に次期国防長官に選ばれた元中央軍司令官のジェームズ・マティス氏は、「狂犬」という異名から日本では誤解されがちだが、極めて軍関係者の信頼が厚い人物である。米国自身の安全に直接関わる場合には、選択的に海外に介入していく展開もありそうだ。民主主義を広めるといった価値観的な外交には関心が薄そうだが、「トランプ政権=孤立主義」という先入観は正しくないかもしれない。
一方、スティーブ・ムニューチン次期財務長官らゴールドマン・サックス元幹部の起用は、トランプ氏が選挙中に繰り広げていたウォール街批判と矛盾している。また、米金融関係者はドル高・ドル安の是非については、市場や経済をにらみながら、柔軟に言動を変える傾向が強い。「トランプ政権=ドル安志向」という先入観も捨てた方がいいのかもしれない。
もっとも、共和党の主流路線に近づくのかと思えば、その他のポストでは極端な政策提案で知られる政治家たちを選んでいる。例えば、保健福祉長官にはオバマケア(医療保険制度改革)廃止法案の立案者であるトム・プライス下院議員、エネルギー長官には同省廃止を主張したことがあるリック・ペリー前テキサス州知事、環境保護局長官にはオクラホマ州司法長官として連邦政府の環境規制を訴訟に持ち込んだスコット・プルイット氏を指名した。
トランプ氏は、米国の外交政策について、「もっと予測不可能にならなければならない」と述べたことがある。外交政策に限らず、経済政策においても、その振れ幅は驚くほど大きくなりそうである。
<民主党がなびく可能性>
このように「不確実性の塊」のような大統領であるがゆえに、経済政策の具体的中身は予測し難いが、選挙中の発言などを見る限り、やはり財政政策の注目は、税制改革(減税)とインフラ投資になりそうだ。
トランプ政策の予想は脇に置いて、米財政政策のあるべき方向性を考えれば、規制緩和との合わせ技で、企業の投資を引き出していけるかだ。
米国だけではないが、先進国の最重要課題は生産性向上による潜在成長率引き上げである。財政政策の効果はいずれ消失する。生産性の伸びを高める民間投資や企業の経営事業改革が喚起されなければ、経済成長は続かない。また、極端な拡張財政は、市場金利上昇などを介して、民間投資を逆に冷え込ませる恐れがある。これを避けるためにはバランスの取れた財政政策運営が必要だ。
幸いにして、議会は上下両院ともバランスバジェット(均衡予算)を是とする共和党が過半数を握っている。「悪いトランプ」が顔を見せるのを止める役割を果たしてくれる可能性はある。
もっとも、トランプ氏は規格外の大統領であり、もしも大盤振る舞い(財源を無視した大幅減税やインフラ投資)にこだわるならば、共和党の分裂も恐れず、党内のシンパ作りに勤しむとともに、もともと「大きな政府」志向が強い民主党との協力画策に動くかもしれない。
民主党側でも、2018年の中間選挙に向け、トランプ氏に歩み寄る議員が出てくる可能性はある。そもそも次回の中間選挙で改選対象の上院議席は、共和党の8議席に対して、民主党は25議席もある。
しかも、その中には、民主党優勢と言われながら、今回の大統領選でトランプ氏が勝ったオハイオ、ペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシン、フロリダの5州が含まれる。民主党議員も、トランプ支持者を無視できないと考えるのが自然だろう。
民主党が支える共和党大統領――。そうした規格外の出来事すら起こりかねないのが、「トランプ大統領」ではないだろうか。
*本稿は、安井明彦氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。
(聞き手:麻生祐司)
*安井明彦氏は、みずほ総合研究所・欧米調査部長。1991年東京大学法学部卒業後、富士総合研究所(当時)入社。在米日本大使館専門調査員、みずほ総研ニューヨーク事務所長などを経て、2014年より現職。主な著書に「アメリカ 選択肢なき選択」などがある。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの特集「2017年の視点」に掲載されたものです。
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