コラム:プーチン大統領、トランプ氏との「蜜月」が生む代償

William E. Pomeranz
[21日 ロイター] - 成功した政治家というものは通常、そこに至る過程でそれなりの幸運に恵まれているものだ。ドナルド・トランプ氏が次期米大統領に選出されたことで、ロシアのプーチン大統領は最高の幸運を手にした。
孤立が続く代わりに、プーチン大統領は改めて「米ロ関係の再起動」の機会を得るだろうし、認識された影響圏、国内問題への不干渉、米国との対等な関係など、複数の長期的な目標にも実現可能性が出てくる。
だが、トランプ氏が本当に交渉上手なら、プーチン大統領は、反米的な姿勢、経済における保護主義など、自身への権力集中を支えてきた中心的な政策をいくつか犠牲にせざるを得なくなるだろう。
また米国との関係改善を進めるなかで、以前からの問題がさらに複雑化する可能性も高い。特にそれが顕著なのがウクライナ東部をめぐる問題だ。相当の数に上るであろう成果を数える前に、プーチン大統領はそれが自分にとってどのような結果を意味するのかを考える必要がある。
プーチン大統領はこれまで、1つの基本的な前提をもとに外交政策を組み立ててきた。つまり、国際社会におけるロシアの主要な、そして実際には唯一のライバルは米国であるという前提だ。すべての政策、演説、外交協議、ニュース番組は、この中心的な命題を軸としていた。
だが、その「敵」、あるいは少なくともその最も歪んだ虚像が突然消えてしまったら、どうなるだろう。
プーチン大統領にとって、プロパガンダを次々に生み出す源泉は「傲慢で厚かましい、力に取り憑かれた米国」に代わるものはない。
代替として分かりやすいのは「ロシア・ナショナリズム」だが、依然として多民族・多宗教のロシアでは、分断をもたらす可能性が高すぎる。それどころかプーチン大統領は先日、ロシアにおける諸民族間の関係に取り組むような新法の必要性を論じたほどなのだ。もっとも、この法案は、国家理念の統合に力を注ぐのではなく、どうやらロシアの国家構造における緩慢な官僚的煩雑さに対処するものになりそうだ。
プーチン大統領としては、欧州やイスラム国など、米国以外に敵を探すこともできるかもしれない。だが、それらが超大国のライバルとしてお馴染みの米国と同じ程度にロシア国民を刺激してくれる可能性は低い。プーチン氏は反米的な姿勢を軟化させるかもしれないが、そうすることにより、国家統合を進めるための頼りになる数少ない材料の1つを失うリスクに直面する。
皮肉なことに、もしトランプ大統領が対ロ制裁の解除を決定すれば(そして欧州連合もすぐに後に続けば)、プーチン大統領の経済戦略もやはり混乱に陥ってしまう。ロシアによるクリミア半島併合とその後のウクライナ東部への軍事介入をめぐる米国の制裁に対抗して、プーチン大統領側でも報復的な制裁を課し、欧州連合(EU)及び米国からの食料輸入を禁止した。これは国内の食料生産者に大きな追い風となった。
またプーチン大統領は、電子機器、ソフトウェア、工作機械、製薬など多数の製品に関して、経済主権の名のもとでロシアの製造企業を優遇し補助金を与える輸入代替制度を開始した。
輸入代替制度を支える経済的な論拠は、依然としてかなり疑わしい。ほぼ確実に、品質の劣る、競争力の低い製品が出回ることになるからだ。だが、トランプ大統領が制裁制度の終了を提示し、その引き換えに、ロシアによる報復的制裁の解除とロシア市場への無差別のアクセスを求めてきたらどうなるだろう。
プーチン大統領は、そうした取引の一環として保護主義的な政策を解除せざるをえず、それによって、ロシア国内に新たに生まれたチーズ、ソフトウェア、医薬品などの生産者を西側企業との競争に晒すことになる。プーチン大統領の経済戦略全体が解体され、今後何年かは国家による保護を享受できるという前提で行動していた国内生産者からの反感を買うことになるだろう。
制裁が急に解除されると、プーチン氏のもう1つの計画、つまりウクライナ方面でも障害が生じる。制裁は2015年2月にウクライナ、ロシア、フランス、ドイツの首脳たちのあいだで合意された「ミンスク2」和平プロセスと密接にリンクしている。欧州諸国は、この合意の実施に向けた進捗が見られるまで制裁を続けると主張しており、そのためにはロシア、ウクライナ双方の具体的な行動が必要になる。
前線からの重火器の撤去も含め、分離主義勢力による休戦の実施を監視する責任はロシア側にある。ウクライナ側に求められる譲歩は、それよりもはるかに厳しい。ウクライナ政府はドネツク、ルガンスクにおける地方選挙を承認し、これらの地域に相当の自治権を与えなければならない可能性がある。
だが、「ミンスク2」合意が十分に実施される前にトランプ大統領が制裁解除を決定すれば、ウクライナとしては、分離主義勢力に対処するうえで、はるかに自由に動けるようになるだろう。実際、ウクライナ側の識者のなかには、ドネツク、ルガンスク両地域にはあっさり自治権を与えてしまい、ウクライナを政治的な再統合というコストのかかるプロセスから解放しようという提案も出ているほどだ。
ウクライナ政府がウクライナ東部から手を引く決定を下せば、プーチン大統領にとっては大きなジレンマになる。ロシア政府はウクライナ政府に干渉する口実を失い、一方で、ウクライナ東部の統治に関して、行政・財政面での長期的責任を引き受けることになる。
ウクライナ政府によるそうした動きを座視する代わりに、プーチン大統領が、ロシア軍部隊が介入していることはもちろん常に否定しつつも、ウクライナに対する軍事的な圧力を再び強める可能性は非常に高い。
トランプ大統領と、その現実主義のアドバイザーたちが、ロシアの主張する影響圏について不干渉政策を採用する可能性は高いが、新たな戦闘が始まると、特にプーチン大統領がロシア政府によるウクライナ情勢への介入を国民の目から隠したいと思うのであれば、当然ながら新たなリスクが生じることになる。
したがって、トランプ氏の勝利によってプーチン大統領はいくつか難しい選択を迫られる可能性がある。
プーチン大統領はあいかわらず柔軟性のある政治家であり、ロシア経済の深刻なリセッションから回復する時間を稼ぐための必要な休息として米ロ関係の改善を喜んで受け入れるかもしれない。とはいえ、プーチン氏の人気は対決型の外交政策と保護主義的な措置と直結している。外敵がいなくなれば、プーチン氏は自分の政策への支持を集めるために別の方法を見つけなければならない。経済運営における成功に頼ることはできないだろう。ロシア経済開発省は10月、ロシア国民の生活推移順は2035年まで改善しないだろうと発表している。
ロシア政府は明らかにトランプ氏の当選を喜んでいるが、トランプ大統領政権への期待を抑えるようにも努めている。これは健全な交渉戦術なのかもしれないが、同時に、プーチン氏が彼にとっての優先順位の調整に時間を要していることの表われとも考えられる。米国の新政権との取り決めが、彼の外交政策、経済戦略、国民からの支持基盤の主要な柱をひっくり返すとなれば、なおさらだ。
*筆者は外交政策の米シンクタンク、ウィルソン・センター・ケナン研究所の副所長。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)
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