特別リポート:ドゥテルテ氏、虚偽の数字で「麻薬戦争」先導か

Clare Baldwin and Anderw R.C. Marshall
[マニラ 24日 ロイター] - フィリピンのドゥテルテ大統領は、先日マニラで行った演説を、いまやお馴染みの主張で締めくくった。それは、この国から麻薬一掃するための激しい戦いで「毎日2人の警官が命を落としている」というものだ。
だが、警察統計によれば、この数字は誇張されている。ドゥテルテ大統領が「麻薬戦争」を開始した7月1日から、演説を行った10月12日までに殺害された警官は13人。8日に1人のペースだ。
血なまぐさい麻薬撲滅作戦を正当化するために同大統領が根拠薄弱な主張を繰り広げる例は、これに留まらないことが、ロイターによる政府公式データの検証と、ドゥテルテ政権の麻薬対策担当の高官に対する取材で明らかとなった。
ロイターが取材した担当者らによれば、麻薬使用者の総数、治療を必要とする使用者数、使われている麻薬の種類、麻薬関連犯罪の蔓延といったデータには誇張やねつ造が見られ、もしくはデータがそもそも存在していないという。
だが、統計に問題があることは重大ではないと彼らは主張する。今回の麻薬撲滅作戦は、フィリピンにおいて長年放置されていた危機に関心を集めるものだからだ。
「問題だとは思っていない」と、フィリピン麻薬取締庁(PDEA)でマニラ首都圏地域担当ディレクターを務めるウィルキンス・ビラヌエバ氏は語る。「かつては、危険な薬物に対するわれわれの戦いは孤立していた。今では、皆が助けてくれる。地域社会の協力が得られる」
フィリピン警察によれば、ドゥテルテ大統領が就任した6月30日以降、警察による摘発のなかで、あるいは自警団と見られる者によって殺害された人々は2300人近くに達している。当初3600人が死亡とされていたが、今月に入り数値は下方修正された。
ロイターの問い合わせに対し、マーティン・アンダナル大統領広報官は、報道は「悪意に満ちて」いるとして、フィリピン国家警察に問い合わせるよう促した。
麻薬撲滅作戦は海外では批判を浴びているものの、フィリピン国内では幅広い支持を獲得。ドゥテルテ大統領によれば、フィリピンは「麻薬の脅威」に対処しなければ崩壊の危機にひんしていたという。
<現実世界への脅威>
大統領就任後、最初に行った7月25日の一般教書演説において、ドゥテルテ氏は、フィリピン国内には370万人の「麻薬中毒者」がいると断言した。
「息をのむような、恐ろしい数字だ」と大統領は語った。「私の国を破壊しつつある、こうした愚か者を抹殺しなければならない」
だが、麻薬に関する政策・調査を主管する大統領府危険薬物委員会(DDB)が行った2015年の調査によれば、フィリピンの麻薬使用者数はその半分にも満たなかった。
また、ドゥテルテ大統領はすべての麻薬使用者を「中毒者」と呼ぶが、DDBの調査で確認された180万人の利用者のうち約3分の1は、過去13カ月に1度しか麻薬を使っていなかった。
また、犯罪率の高さなどの社会問題の原因として当局者が挙げることの多い、習慣性の高い覚醒剤である結晶メタンフェタミン、いわゆる「シャブ」を使った者は、そのうち半分以下の86万人であり、大半はマリファナ利用者だった。
PDEAのビラヌエバ氏は、麻薬に対する人々の問題意識を高めている以上、もしドゥテルテ大統領が麻薬使用者の数を「過大評価」しているとしても気にしない、と語っている。
ロイターが取材した大統領広報室の担当者は、政府によるもう1つの主張、「フィリピンにおける重大犯罪の75%は麻薬絡み」を裏付けるデータの出所を明らかにできなかった。
警察や政府上層部はこうした論法を駆使して、麻薬使用者や密売人に対する厳しい措置を正当化している。彼らは、麻薬撲滅作戦が開始されて以来犯罪が減少していることが、こうした措置の正しさを裏付けていると主張する。
虚偽の数値は、現実の世界ではもう1つの意味を持つ。たとえば、「フィリピンにおける麻薬需要を根絶するためにこれだけの人間を摘発の対象とすべきである」と政府が発表する人数は、この数字によって決定される。
これが、警察による「容疑者リスト」の作成につながる。このリストには麻薬関連容疑者の氏名が記されており、そのうち何百人もが、警察による摘発作戦のなかで、あるいは正体不明の暗殺者によって射殺されている。
数字を楯に取ったドゥテルテ大統領の主張は、今も政策を動かしている。
9月、同大統領は月末までに「中毒者」数は400万人に増えるだろうと述べ、「麻薬戦争」をさらに6カ月、つまり2017年6月まで延長すると宣言。この声明に続いて、9月30日には自らをヒトラーになぞらえるかのように、300万人の麻薬中毒者を「抹殺できれば幸せ」と発言している。
<数字のプレッシャー>
フィリピン法執行機関のある幹部は、ドゥテルテ氏の「恣意的な」数字のために警察や政府当局者はプレッシャーを感じているという。
匿名を条件に取材に応じたこの幹部は、「問題は、大統領が何か言うたびに、それがすでに何らかの政策表明になってしまっているという点だ」と言う。「とはいえ、われわれはそれに従わなければならない」
この高官が一例として指摘するのは、いわゆる「自首」手続きを通じて当局に麻薬使用者や密売人として登録された、過去3カ月で70万人以上に及ぶ人々だ。だが、DDB報告書に記載された麻薬使用者数に合わせるために、少なくとも180万人の「自首者」リストを作成することが当局に期待されているという。
「われわれが、いま大変な思いをしている理由はそこにある。(それだけのリストを)作らなければならない」と彼は言う。「しかし、どれだけ頑張っても、180万人には到底届かない」
PDEAのビラヌエバ氏は、麻薬問題に対する大統領の評価は妥当であり、彼自身は何のプレッシャーも感じていないという。
ドゥテルテ大統領は「非常に大きな問題なのだと国民に知らせるために誇張しているだけだ」と同氏は言う。「その趣旨は、問題を解決するためにそして、気まぐれな麻薬使用者が慢性的な麻薬使用者になっていかないよう、懸命に努力しなければならない、ということだ」
薬物中毒治療の専門家によれば、ドゥテルテ大統領や当局者の発言は、麻薬使用者と重度の麻薬常用者を区別していないだけでなく、「シャブ」使用者とマリファナ使用者の区別もないと指摘する。
シャブは、攻撃性や精神疾患を含む副作用の強い、習慣性の高い覚醒剤だ。
「リスク特性や有害性という点で、シャブとマリファナはまったく異なる物質だ」と語るのは、アデレード大学薬物アルコール治療研究センターのロバート・アリ所長。「シャブのほうが中毒になるリスクが高いし、より広範囲の身体的・精神的なダメージと関連している」と世界保健機構にも協力している同所長は説明する。
アリ所長によれば、フィリピンでは実際に麻薬乱用が問題になっているとはいえ、虚偽データに基づいて実効性ある国家的な対応策を考案することは難しい。「糖尿病であれ麻薬であれ、公衆衛生において、手持ちのリソースをうまく使うには、それがもたらす損害による負担を把握する必要がある」
米コロンビア大学・メイルマン公衆衛生学部で保健・人権の専門家であるジョアンヌ・セテ氏は、「現麻薬使用者」という言葉は、通常、過去1カ月に麻薬を使用した人を指すと言う。だがDDBの調査では、過去13カ月に麻薬を使用した人をすべてカウントしており、これでは使用者数が膨れあがってしまうと同氏は指摘する。
「つまり、大統領は好きなようにどんな数字でも使えることになる。調査が『現使用者』を適切に推定していないのだから」とセテ氏は言う。
<データなき主張>
フィリピンにおける「凶悪犯罪」の75%が麻薬絡みであるという主張は、「麻薬戦争の第1段階に勝利する」と題された公式パンフレットに登場する。このパンフレットは、9月にラオスで開催されたASEAN関連首脳会議の場で、ドゥテルテ大統領の広報担当チームが配布したものだ。
このパンフレットによれば、「凶悪犯罪」には、殺人、強姦、誘拐及び国家への反逆が含まれる。
大統領の広報担当チームがどこからこの75%という数値を得たのかは不明である。同パンフレットでは、数値の出所はフィリピン国家警察捜査局(DIDM)とされている。だがこのパンフレットの担当部署及びDIDM職員6人に取材したところ、具体的な調査を指摘することも数値の算出方法を説明することもできなかった。
DIDMで凶悪犯罪事件の監視を担当しているニムファ・リロック氏は、DIDMはそうしたデータや分析を発表したことはなく、その数値がどこから出てきたのか分からないと話している。リロック氏によれば、凶悪犯罪のうち麻薬関連は15%であるという。
DDB委員長を務めるベンジャミン・レイエス氏は、麻薬の影響下で行われた犯罪については「実際に何のデータもない」と話している。
国連薬物犯罪事務所(UNODC)によれば、世界全体では、既決囚の推定18%が麻薬関連の犯罪で収監されているという。
司法手続を経ない殺害に関して10月5日に行われた上院公聴会で提示された警察統計によれば、フィリピンにおける重大犯罪は、今年1月から8月にかけて、前年同時期に比べて31%減少した。
PDEAのビラヌエバ氏は、「これを勝利と呼ばずして、何と呼ぶのか」と語る。
だが同じ警察統計からは、ドゥテルテ氏の前任者、アキノ前大統領政権時から、麻薬撲滅作戦は行われていなかったものの、すでに重大犯罪は減少していたことが分かる。
実際には、2016年の統計が対象としている時期の大半に、大統領の座にあったのはアキノ氏である。警察データからは、2015年1月から8月にかけて、重大犯罪は前年同時期に比べて22%減少した。2014年には26%減少している。
犯罪発生率はここ数年にわたって低下してきたが、ドゥテルテ政権下では、麻薬撲滅作戦の開始以来、殺人の発生率が上昇している。ドゥテルテ政権になってから最初の3カ月で、警察は3760件の殺人事件を記録しており、前年同期の2359件に比べ59%も増加している。
フィリピン国家警察のディオナルド・カルロス広報官は、「昨年に比べれば今年の方がいい」と話している。「被害者の多くは麻薬使用者だ」
ドゥテルテ大統領が22年間にわたって市長を務めたダバオ市でも、やはり同じように凄惨な麻薬取り締まりを主導。人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチによる2009年の報告書では、ダバオ市では数百人もの麻薬密売の容疑者、軽犯罪者、ストリートチルドレンが暗殺部隊によって殺害されたという。ドゥテルテ大統領は、これらの殺害のいずれについても関与を否定している。
だがこうした取り締まりにもかかわらず、2010年から2015年の警察犯罪データによれば、ダバオ市は依然として、フィリピン15都市のなかで殺人事件の件数で1位、強姦事件の件数では2位にランクされている。
<シャブとマリファナの違い>
さらに、フィリピンの麻薬対策当局の上層部は、重度の麻薬常用者の数や彼らが使用している薬物、そして必要とされる治療を特定する際にも、矛盾する、あるいは不完全なデータを頼りにしている。
DDB調査ではシャブ使用者を約86万人としているのに対し、PDEAのビラヌエバ氏は140万人という数字を挙げている。ビラヌエバ氏は、彼自身の方法で確認した140万人のシャブ使用者のうち、約70万人は麻薬使用者や密売人としてすでに「自首」したと言う。
「すでに需要の半分は排除した」と同氏は語る。
だが、麻薬中毒治療の専門家はこれに異議を唱える。「自首」した人々の麻薬使用の深刻度が不明だからだ。フィリピン保健省の広報担当者は、「自首者」のうちどれくらいが医学的な診察を受けたのかは分からないという。
これは問題だ、とアデレード大学の治療専門家であるアリ氏は言う。なぜなら、「麻薬使用は必ずしも麻薬依存ではない」からである。アリ氏によれば、「シャブ」使用者のうち施設での治療が必要なのは約10─15%にすぎない。この試算はアリ氏自身の臨床体験と、英国における治療機関の経験に基づくものだという。
DDB調査は、麻薬使用者と重度の常用者を区別していない。
DDBのレイエス委員長は、DDBでは重度の常用者の数を計算するうえでUNODCによる世界的な試算値を用いていると話す。それによれば、麻薬使用者の0.6%が重度の常用者で、治療を必要としているという。
同氏は、この数字を1%に切り上げてフィリピンの麻薬使用者180万人に適用し、フィリピンには治療を必要とする麻薬使用者が最大で1万8000人いると結論づけている。
「たいした人数ではない」と同氏は言う。
だがレイエス氏によれば、仮にフィリピン国内の麻薬使用者がドゥテルテ氏の主張よりも大幅に少ないことが広く知られたとしても、麻薬戦争に対する国内の支持が変わることはないだろうとも指摘する。「この問題に断固たる手法が必要との認識に変わりはない」
(翻訳:エァクレーレン)

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